diary

無窮

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2011.05.09 晴れ

立夏。第十九候、蛙始鳴。梅雨をしのいでから夏であるけれど古代中国伝来の二十四節気では夏の始まり。やはり違和感があるようで、日本気象協会は2012年秋までに日本版二十四節気を提案するとの由。

ベランダで蛙が鳴いている。雨が降る前に聞こえる。数年前までいなかったと思うけど、昨年あたりから気づいた。朝、窓を開けるとひんやりした空気ではなくなってきた。スーパで陳列される魚の顔ぶれはさほどかわらない。大量仕入れできる種類であるからしょうがない。これを見ていたら旬という概念がなくなっていきそうだ。やっぱり魚屋や市場を歩かなければならないよねって痛感。

WPの制作。新しいジャンルの制作も出口が見えてきた。それにしてもWPの柔軟性に驚かされる。これから新規やリニューアルはWPでお願いしよう。便利でスマートフォン, タブレット, PCに対応しやすい。ユニークなルックスやファンクションを実装しなくてよいなら制作費は抑えられる。

午後、膳所本町からイオンモール草津を往復。枕のメンテナンス。近江大橋をはじめて歩いた。薄曇りだったので眺望はザンネンってところ。曲線の頂点はそれなりの風景。風がキツイ。高所恐怖症。睾丸がキュンってなってムズムズした。このムズムズは高所恐怖症男子の万国共通現象なのか単独の感覚か。大規模調査してほしいと切に願う。

入店して枕の高さ調整を依頼。前回のメンテナンスはいつ頃ですか? と訊ねられたので購入してから一度も来ていません、と回答。店員さんはかるくひいていらっしゃった。枕の中の綿がへたっているらしい。毎日同じ枕で寝ていたら変化に気づかない。

高さが当初より低くなったと感じたから調整のために来店したが、「中の綿を詰め替えてから高さ調整させていただきたいので15分ほどお時間をください」と店員さんからの要請。15分後、綿を詰め替えた枕を見てこっちがかるくひいた。高さ調整していないのに高くなっていた。それに一回りほど大きくなっていないか、と目をこらす。そんなにへたっていたのか。

高さを調整してもらう。左右を2cmほど高く、中央を0.5cmほど低くした。プラスチックじゃない素材を試してみたいけどぐっと我慢。いまでも充分。帰り際、「せっかく高価な枕をご購入していただいたので、3ヶ月に1回、最低でも半年に1回はメンテナンスに来てください」とのアドバイス。確かに。納得。枕が重くなった。

正法眼蔵随聞記一 五 故人云く、聞くべし見るべし

“正法眼蔵随聞記 (ちくま学芸文庫)” (筑摩書房) P.24

耳が聞こえるのに聞いていない、目が見えるのに見ていない。見ても実際にやらない。いつしか見ていないことが見えると錯覚してやらなくなる。まだ見ぬ世界を想定内、想定外のどちらかに分ける。どちらにせよまだ見ぬ世界にもかかわらず、想定内に見ているか、想定外に見ているかだ。

やるには理由がいる。理由なき行為は理にかなわない。だからなぜを問う。「なぜ」が自分の害となる。まずもとからのとらわれた気持ちをすっかり捨ててやってみる、なんてできない。泣くまねをしていたらいつしかほんとうに泣いてしまう。仕事も同じかもしれない。好きか嫌いではなく、仕事そのものをやっているうちに仕事がわかってくる。

「それは原因であって理由でない。原因はわかっても理由がわからない」という。過去に得心した言葉が色あせる。一の五を読み知ってしまったので屁理屈でしかない。否、屁がついているとはいえ理屈にもなっていない。たんなる言葉遊びである。原因と理由、どうでもよい。

学べば要領を探す。心得を知りたくなる。いつしか学びそのものより秘訣の獲得が主となる。ショートカットが至るところにあると信じてしまう。ショートカットがあるということはゴールがある。無窮なんて教えられたら希望をまったく失ってしまう。それが人なんだなって皮膚感覚。

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