diary

懈怠

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2011.05.12 雨のちくもり

10日、11日と雨が降った。今日の午前中は雨、午後からくもり。二日連続の雨は琵琶湖の水位を上昇させるだろうなあって思いながら外を眺める。数年前に、水位が60cmを越えた琵琶湖をよく覚えている。ふだん見慣れている湖岸が違う。ないところに水がある違和感は強烈。こわかった。

夕方までF先生のサイト制作。ネットにあふれる歯科医院のサイトは個性的なルックスなんだけど、構造はどれも同じ。今回のリニューアルはルックスをシンプルにして構造は他のサイトと一線を画している。成功するかどうか不安だけど挑戦している。ターゲットが他の歯科医院と異なるから構造を変えたかった。狙いの違い。

16:00から京都駅でF社のH氏と打ち合わせ。17:30にいったん終了して、場所を移動して21:45まで続き。グループ会社のことについてお話を伺う。

H氏と僕の打ち合わせは他者に対してオープンでありたいと申し上げる。グループ会社のメンバが制作に対して発展的な意見やユニークなアイデアを持っていらっしゃるなら伺いたいとお願いした。不満でも結構。批判も伺います。ただしスルーの可能性は高い。批判のなかから何かを生み出せることが少ないから。不満は論理的な吐露であり批判は感情的な愚痴であることが多い。

アシュビーの問題はあるにせよポジティブとネガティブのフィードバックが機能するシステムをめざしたい。

申し上げる理由がある。以前、他のグループ会社のサイトを支援していた。そこでの失敗から自説を導き出した。当時、プロジェクトメンバ以外の視線を感じた。その視線はプロジェクトメンバを隠微と判定していた(僕の印象であり被害妄想がくわえられている)。のちにそれらの妄想や思い違いをのぞいてなるべく冷静に吟味した。

気の合う人で構成されたチームはリスクへの耐性を強化しづらい。それが結論。強化しづらいというといよりリスク耐性がない。非難じゃない。たんなる問題だと認識している。

気の合う方々に甘えてしまい自分の制作能力や打ち合わせ能力(ウェブディレクション)を自己検証しなかった。無為のまま過ごした。ある日、経営幹部からサイトの苦情を賜ったとき、僕は制御統制できなかった。もうひとつ。苛立ちと怒り。冷静に判断できなかった。苦情に対して自分の非を認めたくなかった。

結局、新しい業者の方々に制作してもらうほうがよい旨を申し上げて契約を解除していただいた。先方から契約解除される恐怖を味わいたくなかった処置である。当時の自分の対応について今の僕は大人げないなあと感じる。

現在、そのサイトは充実している。外側から閲覧している範囲内の判断として、僕が制作していたときより10倍以上のコンテンツだし適切に設計されている。

その経験をふまえてH氏に申し上げた。オープンであること、仕事を冷静に議論したい僕の考えや意見、感覚をお伝えした。意気投合を尊重するけどそこに意識がひっぱられることをなるべく減らしていきたいと僕はしゃべった。虚心坦懐、お互いの考えを俎上にのせて折り合いたい。

最後に、「F君としゃべっているとつきないなぁ」ってH氏からのお言葉を頂戴して心の中で頭をたれる。そのお言葉で充分。

正法眼蔵随聞記一 七 海中に龍門と云ふ処あり

“正法眼蔵随聞記 (ちくま学芸文庫)” (筑摩書房) P.35

一の七は難しかった。僕には皆目見当がつかない。最後の「鹿を打ツは慈悲なきに似タれども」のくだりだけ理解できた。毎日、僕のからだは新陳代謝している。細胞は順番に分裂と再生をくり返してからだは老化していく。かたときも休まない。ミッションクリティカルシステム。参考書をひっぱりだして仕組みを読む。不安定の連続によって安定しているかなって思う。

道元禅師の教えを言葉から入らずからだの仕組み、あまり使いたくない単語でいえば理系の仕組みから学んで読み返すとからだ的に理解できそうな手応え。

ひとつの単語の意味を辞書的に知っている。ときには意味を理解できる。ひとつひとつの単語の意味を理解できるのに単語が連接して文章となったら意味は消えてしまう。かりに解釈できる意味を抽出できても、さらに文章はひとつのまとまりになって文脈として姿形をかえる。文脈は意味の抽出作業ではなく、経験の解体と融合みたいな感じがしてもうどうしたらよいのかさっぱりわからない。

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