diary

美言

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2011.06.08 曇

梅雨だぞ。ほんとだぞ。念を押すぞ。降らないぞ。何ぞ? 空はえらくもったいぶった曇りを演出して悩ませる。傘を持って行こうかどうか悩んでるでしょ?って声が空から聞こえてきそう。誰が空の思惑にのるもんか。折りたたんでる。

雨が降っても腫れ。何ぞ? 顔の腫れはいくぶんひいた。鏡を見てひいた。ほっぺがほんのり変色。赤色なら羞恥であるが残念ながら赤ではない。今日はついに処方されていたボルタレンを飲みました。強烈だぞ、やっぱりこの薬。

痛みの表現はやっかい。首がちょんぎれたり胴体がちぎれるsplatter movieな痛みはかんたんに表現できそうだ。鈍痛(と書いてもはたしてそうなのかと首をかしげる)は「鈍痛」って熟語だけで言ってしまえばなにかものすごくもったいないような気分なのです。キリキリ、チリチリ、チクチク、ジリジリ、ジクジク、ギュルギュル、ズキンズキン、ヒリヒリ、ズキズキ、ガンガン、英語も表現はいろいろ。だから「顔」のアイコンが作成されるのでしょう。

火曜日、M先生からのお電話を頂戴。メールのお返事。優しいお言葉に感謝。足かけ10年お付き合いいただいている。先生がコトに対して考え受け止める。どんなふうに考えて受け止めていらっしゃるかの一端を理解できるようになったと自己評価している。だからずっと心配でした。今も。あれだけのコトをそうかんたんに処理できない。あれだけのコトは先生の思考と行動に重く深く刻み込んでいると思い巡らせています。今も。

電話でご指示いただいた仕事についてアイデアを練る。終日。たんに写真を貼り付けておしまいでは芸がない。直感でひらめいたアイデアがひとつ。それを実現するillustratorの操作方法を調べる。制作は来週から。

お昼はオイスターソースで焼きそば。豆苗やニラとかをいれて中華風に。今回はオリーブオイルの量をいつもより多めに使ってみました。贅沢です。すると、おぉ、趙さんのお店の食感だぞ。やった! そうか、油もポイントなのか。

夜は肉じゃが。ジャガイモと玉葱がほろほろにならないようそっとそっと。お肉は豚。牛はもうだめだ。スーパーの安い肉を選ぶからでしょう。もう食べられそうにない。

料理は科学。『空想お料理読本2』 ケンタロウ×柳田理科雄 を読むと納得できます。電子レンジの遠赤外線加熱の嘘(これを聴いてコラーゲンを思い出した)。表紙のあのお肉。熱は伝わりにくいことの証明ですね。

正法眼蔵随聞記 二 六 故鎌倉の右大将

『正法眼蔵随聞記 (ちくま学芸文庫)』 筑摩書房

鎌倉の右大将、ご存じの方はいきなり出てくるの? ってとこでしょうか。「そノ人にあらずして人を呵する事なかれ」、含蓄。

人をしかりつけることとしかるべき立場の関係。立場は世間と並んでぼくのなかでつかみどころがない。『「世間」とは何か (講談社現代新書)』 阿部 謹也『「世間」の現象学 (青弓社ライブラリー)』 佐藤 直樹 は世間の輪郭を与えてくれた。それでもぼんやりしたまま。立場も同じような位相だ(ぼくにとっては)。

同僚と上司からまったく同じ内容をしかられたとしたら? 母親と父親からなら? ぼくは直感的に立場を見分けてる。両者から同じ内容をしかられたら両者に対して同じ反応を示せない。すなおになれないと自己分析する。一方に反論して一方に同意するようなちぐはぐなふるまいもあり得る。

ここではしかるのたとえ話として右大将のエピソードが紹介されている。ならほめるはどうでしょう。しかるべき立場でないのに人をほめてはいけない? ノーに手を挙げる人が多いのでは。じゃあ、まったく同じ内容を同僚と上司からほめられたらどんなふうに反応するかしら。

離見の見。自分をながめる。しかるとほめる、正反対の性質だからといって反応は正反対にならない。ふるまいも正反対ではない。誰に対しても同じ反応じゃない。同じふるまいでもない。相手がある。そこに立場が掛け合わされる。相手が数え切れなくなっちゃうと、「世間」に吸収される。

反応とふるまいの選択は無数であって、そのなかから一瞬で選んで実行するってタイヘンだよなあ、ヒトって思います。つくづく。

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