diary

衣粮

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2011.06.24 晴れ

ATOK 2009 Macは義理堅い。”hare”と入力したら腫れと変換。学習能力が高い。ATOK、もう腫れてません。違和感は残ってますけどね。夏の日差しで暑い。年々暑さに弱くなっている。暑さへの耐性を数値化できたらなあ。昨年にくらべて何%耐性が減っていますとか表示されないかしら。

暑さといえば、鼻毛がぐんぐんのびる季節です。髪の毛と髭と鼻毛と耳毛はのびるのに臑毛と○毛はどうしてのびないのでしょう。前者はほっておくとどんどんのびる。耳毛は加齢によって生える生理現象でしょうか。それとも若いときから耳毛は生えているけど目立つ前に抜け落ちているのでしょうか?

後者はさらに知りたい。パンツの裾から臑毛が伸びまくって地上へ接して引きずっている人を見かけことはない。もし出会ったら卒倒するな。自分の臑毛を観察しているが、ある程度までしか伸びていない。不思議だ。ずっと不思議だ。

午前中、C社のページ制作。27日(月)、H氏と夕方まで京都駅で打ち合わせ。サイトはほぼ作成し終えたので、この打ち合わせで細かい点を詰めていこう。

午後、はやめに大阪へ出発。京都で下車してコーヒー豆を400g購入して、大阪駅で途中下車。先日、M先生からお魚をいただいたお礼に日本酒をと思い立ち阪神・大丸でミニストップ。が、宮城県の日本酒をみつけられず。結局、伊勢丹へ行き、生酒を購入。よりにもよって金曜日から福岡へ出発されていらっしゃらない。なのに生酒もなぁとためらいつつ、まぁ、やっぱりこの季節ですからね。生酒は美味いかなと。

19:00からM先生のミーティング。先生がいらっしゃった。びっくり。冒頭の10分間だけ出席して福岡へ出立されるとのこと。最初の10分ほど、Sさんが東北の支援活動を報告してくださった。スライドに映し出される1枚1枚の写真をみながら話に聞き入る。ありがたい。身近な人が経験した現在の状況を伺えてよかった。もっと続きを聞きたいけどまた次回にでも。

写真を拝見してお話を話を伺ったからってわかったふうに他の人へ吹聴しちゃいけないですね。自戒。だまっておこう。写真を拝見してもにおいは伝わってこない。伝えられない。二次元の映像を頭のなかで三次元へ変換して映像を組み立てられる。だけどM先生と被災地のみなさんがたこ焼きをいっしょに焼いたときの会話をぼくの頭の中では再生できない。たこ焼きをくるっとまわす質感まで再生できない。Sさんの話を伺いながら聴覚と触覚を経由していない事柄を理解する難しさをあらためて認識できた。ありがとうございます、Sさん。

20:00終了。M岡さんのファシリテーションはなめらかできめこまかい。まとめもうまい。とても参考になる。ぼくはあんなふうにできないなあ。自分のファシリテーション能力を反省。はずかしい。3回にわたって話し合ってきた院内観察のテーマはこれにて終了。今回で2回目の院内観察。1回目の院内観察よりはるかに進化した。

正法眼蔵随聞記 十三 学道の人、衣粮を煩はす事なかれ

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.119

長い。いままでいちばん長い文章。3ページ。2時間×3回、合計6時間ほど読んだ。わからずじまい。

「名利の二道は捨離しがたしと云へども、行道の大なる礙なれば捨てずんばあるベカラず。故に是レヲ捨ツ。衣粮の二事は小縁なりと云へども行者の大事なり。糞掃衣、常乞食、是レは上根の所行、また是レ西天の風流なり」とある人は問う。

仏の道を一心に専ら学ぶ僧であっても「衣食」は重大な問題なんだな。名利を捨てられても衣食は差し迫った問題だ。食うに困り衣がなければ飢えて凍えてしまう。そんな状況で何を学べるのか。

自分自身に置き換える。生きてなければ学べない。だけどそう思うことがおかしい。池田晶子先生が、「我々は食べるために生きているのか、生きるために食べているのか」というフレーズを著書のなかで述べる。何度か目にふれる。前者の人もいれば後者だと主張する人いる。

そのたびにどっちでもよいよとぼくは答える。考え抜いての答えじゃない。ええ加減な性格だから切羽詰まった質問に答えられないだけ。息苦しい。

が、この教えはその質問を端倪して、まだそんなふうに問うているかと叱咤しているみたいな感じ。

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