diary

亡失

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2011.07.12 曇

うーん、思うように書けないのお。 ここ2ヶ月ほど。入力がたりない。たりないよりも考えてないなあ。問いがうかばん。ひとりでいる時間がながすぎると自己分析。それも言い訳のような気がしないでもなくはないこともないヽ(`Д´)ノ

第三十二候、蓮始開。日曜日の早朝、近所を散歩してたら蓮の花が開いていた。朝のご褒美。夜中にひっそりと花が開きはじめて昼には閉じる。つかのまの幽玄。石山本願寺が建立された上町台地の周囲は淀川や旧大和川、その他の川が合流していた。水郷に浮かんで見える寺院を蓮の花にたとえていたと読んだ。本の名前を思い出せない。地図をみながら当時の風景を想像しながら読んでいた。

昭和に再建された寺が世界遺産登録される一方で関東大震災と東京大空襲が襲いかかっても残った下宿屋を取り壊そうかって。シュールだな。

古い建物を取り壊す。保守して残さない。事故が起きて死者がでたからにはやむを得ない。地震が多発して台風がやってくる自然災害の多い日本では、建築技術の向上と歩調をそろえるように新しい建築物が好まれる? 保守の技術が停滞しているわけじゃないと思う。

そういえば2005年に起きた構造計算書偽造問題に該当した物件は今回の震災で被害を受けたの? マスコミは震度5強程度で倒壊する恐れがあると報道していた。ヒステリックな報道もあったような。で、結果は?

マスコミは物件を検証して報道したの? もし倒壊していなかったら、なぜ倒壊しなかったのか、震度5強程度で崩壊するとなぜ報道したか、を検証して記事を書いたのかなあ。

今年は「単位」が気になる。重量、体積、面積、光度、照度、気温などなど。見た目や東京ドーム何個分で表現するより、単位から自分の頭の中で「大きさや長さ」を描けるようになりたいと思うようになった。お店の人がごはんを目分量でよそったら300g±5gなんて「技」もよいけど、自分の感覚を信じる前にまずは数字を確認する「癖」をつけたい。

数字を理解しておかないと、“放射線のひみつ” 中川 恵一 先生がおっしゃる「2000ミリシーベルトは喫煙や毎日3合以上の飲酒のリスクに相当」を鵜呑みして喧伝しかねない。もしくは「物語」として読むぐらいにとどめてしまう。じゃあ、リスクって? 率って?

一般の人が話す1分間の文字数は400字といわれる。そのうち聴衆の歩留まり率はどの程度だろう? メモを読みながら話す人の声のトーンと記憶して話す声のトーンを比較したとき、歩留まりは有意の差異を生じる?

M先生のスタッフのSさんが今週末に開催される学会で発表する。その発表の下地を聴きながらそんなことを考えていた。

聴衆の歩留まりを高める要素は、言語化、視覚化、声の抑揚、身ぶり言語、室内の空間構造、人や物の配置など、あとどんな要素があるかな?

正法眼蔵随聞記 三 二 故増正建仁寺に御せし時

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.155

いまの建仁寺の敷地は加茂川の河原の近くにあるから後の世に洪水の危険がある、と弟子が僧正にいう。それに対して「我等後代の亡失こレヲ思フべカラず」とこたえる。

寺の建立は一大事業。それゆえ後世にまで欠点を残さないようにと思う気持ちはもっともだ。でも、それに身も心もうばわれてしまうのはいけない。

この視点が無常迅速でしょうか。形のあるものはいずれなくなる。あるいは姿をかえて立ちあらわれる。外見の姿はなくなっても、寺院を建立した「功徳」は残り、語り継がれる。石山本願寺もそうかな。

寺の建立のお話を原発へ援用してはいけないし、それこそまさに「非科学的な物語」なんだけど、ふと、原発に置き換えて読んでしまう自分がいて、それがまた情けない。

科学的である人は科学と物語をきびしく区別して文脈に応じて使い分けている。科学的でありたいと願う人は科学を都合よく引用しながら自分が誇示した物語を作成する。後者のほうが読みやすい。危険だ。

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