Lotus
diary

文筆

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2011.07.25 薄曇りときおり晴れ 東近江では雨雷も

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*RICOH GR DIGITAL II *28mm f/2.4

ども、朝目が覚めたら布団の上で180度回転している”中の人”です。

Time Capsule 2TB(MD032J/A)の設定が完了。ルーターとポートマッピングの設定はバックアップファイルからでリカバリー。所要時間数十秒。無線の設定につまづいた。802.11n(5GHzと2.4GHzのデュアルバンド)のみにして5GHzへ優先的に自動で接続したいのにできない。Googleで検索して原因はすぐに判明。5GHzのチャンネルを自動にしていたから。チャンネルを手動に。

MacBook Pro Early 2011, MacBook Pro Late 2006, MacBook Late 2006の3台のTime Machineは2TBへ格納。あと3台のうちのPowerBook G4(10.5.8)とMac mini G4(Server 10.5.8)はローカルHDDに格納。残りのMac mini G4はServer 10.4なので除外。

リカバリーはかんたん。ファイルを間違って削除したらTime Machineに乗って過去へもどれる。アプリケーションをバージョンアップして不具合が起きたらTimeMachineでダウングレードできる。

これにて自宅のネットワーク構築は終了。無線は802.11n(5GHzと2.4GHz)、有線はギガビット・イーサネットのLAN環境へ移行できた。ただひとつ問題が。そうなるとファイルサーバーの速度がボトルネックになってしまった。有効に活用できていない。ファイルサーバーもいずれ交換しなくちゃいけないな。問題は既存のシステムの中に存在し、解決策が新たな問題を引き起こす。

AirMac Extreme(第3世代)とTime Capsule(第4世代)のネットワーク拡張通信は快適。全自動バックアップ。まったく気にとめなくてよい。あとは壊れないように祈るだけ。故障さえなければMacを使っている方にはTime Capsuleをおすすめしたいのに。

大暑。いちばん厳しい暑さを感じるころなのに、ここ数日間の早朝はすごしやすく夜半はねやすかった。これからだね。久しぶりにビールを飲む。M先生の医院でやった炭火焼き以来でしょうか。美味かった。自分でも驚くうまさ。第三十四候、桐始結花。土用です。土用の丑をむかえて鰻を食べたら立秋。もう夏のクリアランスセールやってんの、否、終わったのって思うぐらい気がはやいのですが、いまから夏本番と思いたいのを申し訳なさそうに漢字的には秋のはじめ。漢字的です、感じ的には真夏(またサブイなあ)。

先月から各省庁や公的機関のサイトへアクセスしてRSSを発行していたらGoogle Readerに登録してみた。全部は読み切れないけれど、情報って「ちゃんと」あるんだなあ、と思った。内容を理解できない話題が多いからほんと流し読んでいるだけ。たとえば医療計画の見直し等に関する検討会審議会資料|厚生労働省はへぇって感じで専門家はこういう生データを分析しながら今後の行政の展開を予測してビジネス環境を先に整備しておくのかなと思った。特定の農家から出荷された牛の肉の流通調査結果について(第11報)  (東京電力福島原子力発電所事故関連)|報道発表資料|厚生労働省関西電力株式会社美浜発電所2号炉に係る保安規定変更認可申請書の受理について(METI/経済産業省)とか。

正法眼蔵随聞記 三 六 故僧正云く、衆各々用ゐる所の衣粮等

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.169

久しぶりの長文。2ページ半ほど。くじけそう。おまけにむずかしい。今回もとても大切なことが記されているような気がする。が、理解からは遠い。「艱難貧道によりて一人も無カらんと、衣食饒にして諸人聚マツて仏法なからんと、ただ八両と半斤なり」とはてごわい。貧乏で仏法を学ぶものが一人もいないのも、衣食ゆたかで人がおおぜい集まってきても仏法が一欠片もないのも、両方とも同じく役に立たない。まるで経営を論じてるみたい。

正法眼蔵は「読書の旅が終わる」と云われる、と書いてあったのをなにかで読んだ。正法眼蔵を読めばもう他の書物を読まなくてよい。そんなわけないよ。そんなわけ、そ、そんな…..だんだんつっこみが弱くなる。正法眼蔵随聞記を読んでもときおりそう感じてしまう。

なぜか。この三 六の最後にも書いてある。よき文筆をととのえ秀句をもとめようとしても、それは言葉をもてあそんでいるだけで、いつまでたっても道理をわからぬままなんだ。

自分の心を観察して突きつめて深く求めていき、やがて心を無にする。その過程になにかあるんだろうなとぼくは思う。その過程は一本の道だ。目の前にある。でも、一本の道は見えない。見えないから不安になる。一本の道を歩く過程をないがしろにしていろんな書物をあさる。幾本もの道を歩く。迷うからしょうがないかもしれない。しょうがないと自分をなぐさめ先人が記した言葉だけを読み、思考の形式や表現に心を奪われ、自分の心の内側にある自分だけの道理を観察しない。答えは外側にあると思っている。答えは内側にある。

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