diary

有知

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2011.08.09 はれ

ども、インデアンカレーでピラフをたべる”中の人”です。

二十四節気、立秋。これ以後は残暑。こよみでは秋のはじまり。時間と気温と言葉はすれちがう。感覚は時季と気温と表現の出会いをもとめる。感覚は滋味深く、食物は滋養富む。第三十七候、涼風至。感覚は時をとめる。自然は時をすすめる。じりじりと進む変化から秋のはじまりを探そうとしても認識はあらがう。

正午、JR京都駅のバス乗り場で後輩のHクンとすれちがった。Hクンは以前お世話になっていた会計事務所の後輩。前方からHクンがやってくる。ぼくは歩く速度をゆるめた。ぼくの右半身と彼の左半身の幅は1m以内。ぼくは見上げる(彼は170cm以上あるので)。彼は眼鏡をかけている。彼の目をじっとみつめながらすれちがう。Hクンはまったく気づかなった。声をかけず。後を追わない。認識についてとても参考になった。

好物の西瓜が高値。フルーツとして食べているけれど農水省は野菜に分類している。西瓜を買うときのまなざしは仕事よりも厳しい。糖度の数値に惑わされそうだ。音と形状と色をたよりに売場を彷徨。食感と味覚は甘ければ果物、水分が多めなら野菜と分類する。農水省より正確で無慈悲な決定。

事態が好転しはじめると注意しなければならない。好転は問題の根をはる。問題の根は土の中でのびているから認識できない。芽を吹くころには事態は山から谷へむかいはじめる。組織を観察していてそう感じる。業績との相関関係はわからない。業績が不調でも組織は機能している、業績が好調でも組織が機能していない。おかしな日本語だけどありえると思う。業績が降下していき組織が機能していない状態をもっともおそれる。事態の好転はriskであり、事態の悪化はdangerとぼくは認識している。

木を登っているときよりも降りるときに気をつける。はしごも同じ。成功体験は漸進をさまたげる。問題解決が新たな問題の種をまいている。

会議は「つまらない」か「おもしろい」か? おもしろいわけない。会議は名称だから代用してもよい。ブレインストーミングにしたらおもしろい? ミーティングは? ディベートは?

何を書きたいかというと、「つまらない」と感じる自分について。「つまらない」と感じるとき、(便宜上、会議と書くけれど要は集まりの)回数や中身をとりあげる。つまらない原因は自分より周囲の環境にある。「おもしろい」と感じるとき、原因は周囲にない。自分の感情や思考がフル回転している。つまらないと感じるのもおもしろいと感じるのも自分なのに、原因は外と内にわかれる。それが興味深い。

両者の違いを観察する。キーワードは学習のスイッチ。スイッチがはいると「会議」「ミーティング」「ブレインストーミング」「ディベート」は形式に対するラベルになる。形式はどうでもよくなる。学習のスイッチがはいった人はどんな場であってもシーンを見極めて発言しているし他者の意見を聞いていると観察している。ただし意見に対するえり好みはあるかもしれない。

論理的に書けないのでこまっている。「事態が好転しはじめたときの注意」と「つまらないとおもしろいを感じる自分」はぼくのなかではつながっている。問題を認識する能力と技術はこの二つとつながっている。それをうまくまとめたいのにまとめられないもどかしさ。

正法眼蔵随聞記 三 十一 学人問うて云く某甲なほ学道心に繋けて

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.194

悟るには「古人多く道ふ、聡明霊利に依ラず、有知明敏をも用ヒずト」らしい。悟ったことがないのでわからん。生まれつき優れていて心のはたらきがするどくても、知識があり頭のはたらきがよくても、悟りには役立たない。だからといって目をとじ、耳をふさぎ、学道からはずれてふぬけのようになれというわけでもない。

無常迅速は現実であり道理である。なのにぼくは先を読み先に悩み先を恐れる。先取りする。昔を懐かしみ昔を思い起こし昔を書き換える。いまは昔と先のなかにあるといい、連続を都合よく解釈して「いま」そのものの営みから五感をシャットダウンしている。五感は常に昔か先に反応する。

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