diary

陰徳

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2011.09.23 晴れ

ようやく台風一過。涼しい。朝と夜は肌寒い。25日の東京は曇みたいで雨は回避できそう。予報なのではずれるかも。関西より気温は低いらしい。はおれるモノを持って行こう。

第四十六候、雷乃収声。暑さ寒さも彼岸まで。もこもこの鱗雲を見上げる。和食では魚の腹を手前、頭を左に盛りつける。しきたりらしい。例外は鰈。北米では左鰈もいるとか。

何事にも例外があって、日本の歯科医療で保険が適用される項目は、世界を基準にしたら例外中の例外。良い悪いじゃないので、ネンタメ。

「正直何が正しかったのかいまだに分からない」とある市長が吐露した。送り火、花火、商業施設内の販売所、それらの地域に住んでいる人たちが苦情を申し立てた。自治体や主催者は中止を決定。決定後、全国から抗議が殺到した。花火の場合、使うなって市民からの苦情は約20件。中止に対する全国の抗議が約3,500件。

専門家を巻き込んで各自の立場にたって論じる。議論の前提が科学の人、心情の人、宗教の人、それぞれ。前提が哲学の論法をスルーする(関心も興味もないから)。多数の視点で論じられる。論点の枠組は定まらない。意見は収斂されない。だけど評価できると思う。みなさんは何かしら言いたいことをお持ちなんだと伝わってくる。

喧しいのはさけたい。静かにしていなければならないときもあると思う。

国内の一部の視線が福島県を区別(あるいは差別)しているのと同じく、世界の一部は日本をひとくくりにして区別(あるいは差別)している。ベルギーのサポーターが「フクシマ」コールしたり、Made in Japanが敬遠される。国内では汚染されて苦難の生活を強いられている方々がいらっしゃる。同時に、近隣国や世界中に対して海洋汚染の加害者になった国民でもあるんだなぁって思う。

人と環境は相互作用する。複数の歯科医の先生がおっしゃる。要約すれば、「うちの医院がはじめての人は、うまくいけば長く続く」といったフレーズで印象に残る。他の医院のやり方を知らないし染まっていないから教えやすいといったところだろうか。

他人を客観的に分析して批判できる人は多いが、自分を客観的に分析して正確に評価できる人は少ないと感じる。ごく短い距離の周囲と自分を観察した結果にすぎないが。

納期にとらわれない仕事をしている人が、納期を確定させるタスクを依頼する時、相手の工数を計算するという発想が備わっていない(からけしからんってわけじゃない)。備わり方を体験していないから備えようがない。そういうもので、お互いのすれちがいをお互いが怒っても解決しない。思考の回路の違いをはっきりと表して示せば、問題を設定しやすくなって解決の糸口をつかめる可能性が高くなる。

「客観的」って単語がくせものだ。意味を徹底的に吟味していないし、客観的の「仕方」を私は知らない。「客観的」って単語を方々で使っているくせに、仕方を知らないからなんとなく上滑りしている。

批判と褒めるは似ているかも知れない。客観的に褒めるは難しい。相手を褒めているようで、実は褒めている自分を評価してほしい願望がわずかでも残っている可能性を否定できない。相手を褒めているようで、結局、最後は自分の力量を見せ付ける褒め方。無心で褒めるといってもよいかなぁ。上から目線でない褒め方とか。

正法眼蔵随聞記 四 八 人は必ず陰徳を修すべし

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.257

言葉づかいは自分を律するために必要なツール。上下を区分せず敬語を使い丁寧な言葉を選べば心は静まってくる。時に荒々しくなっても落ち着くまでの時間が短くなる。

そう思っていても、年下の方と接していたらついつい気が緩んでくだけた口調でしゃべってしまうし、汚らしい言葉を使ってしまう。

不思議となもので、言葉づかいを意識し出すと立ち居振る舞いが気になりはじめ、それから周りのノイズを聞き分けやすくなる。ノイズが聞こえたからって気にならない。からかったりあなどったりする類の内政干渉にまったく関心がなく、しゃべり方と円滑な人付き合いを観察している。

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