diary

体験を経験したら今度は経験を体験してみようよ

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ライブで聴きたいなぁ。震えるのがわかってるのに震えたいなぁ。

言葉をほぐして語源まで解体して物語を紡ぐ。語源まで解体して唱える人はレトリックを巧みに使うよね。おもしろいんだよ、話が。それに声のトーンやスピードがうまくコントロールされているから聞きやすい。だからすぅーっと入ってきてさ。で、わかったような気がするんだ。明日の朝になれば雲散霧消。

あれ、なに話してたっけ。まぁ、いいや。だけどなんだかそのとおりだよなってうなづいたのだけは覚えているからそれでいいや。

言葉をほぐさないで語源を解体せずに黙って身体を動かしてから単語をゆっくり探して物語を紡ぐ。たぶん物語は完結しない。ずっと書き換えられていく。なんなら語源さえ自分で作っちゃうような人かもしんない。おもしろくないんだよ、話が。それに声のトーンやスピードは変わらず淡々としゃべるしね。だから聞きやすいっていうより聞いたかどうかすら覚えていない。

不思議でね。感覚が残ってる。その人の身体のひとつひとつのうごきがぼくの身体の四肢の先っぽまでゆっくりゆっくりひろがっていくような感覚。全身のありとあらゆるところまでひろがるのは、もっともっと先で、ひょっとしたらいまわの際でようやくたどりつくかもしれない。

気をつけよう。こんなふうに話し出したらどっちかが優れているように受けとめてしまいかねない。そうじゃない。ちがうよ。どっちもアリで両極だ。

自分の必死さを訴える話ほど必死でなくて、案外、世間のタイムスケジュールと同期してる。誰が休みって決めたの? はみ出さない。ほんとうに必死な人は周りに関係なく必死だし、気づく人は気づいている。だから人が集まってくる。

有言でも不言でもやってるだろう。いつのまにか消えてゆく高層ビルのクレーン車みたいにじっと見ていなければわからない。でも、跡形は残している。

デザインとルックスの違いを説明しなければならない時点で、デザインができていないんだ。

どこへ行けばわからないってことはどこにでも行けるんだから。体験を経験したら今度はさ、経験を体験してみようかね。重い腰を上げて。

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