diary

ステキな言葉づかいが身も蓋もない話の灰汁を抜く

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2011.11.01 晴れ

19:00からF先生とT氏と打ち合わせ。院内システムの骨格が形成されてきた。あと少し。それから肉付け。打ち合わせで決まった項目をまとめて私が資料を作成する。PagesとIllustratorを使って院内システムで使用する資料を整備する。もともとあった資料をリ・デザイン。リ・デザインのプロセスは貴重な経験。感謝。

打ち合わせのファシリテータは私。実行項目を決定、実行に必要な資料やプレゼン、広告物を作成。このスタイルにニーズがあったらよいな。院長先生と会う回数が増える。理解が深まる。院長先生は大変だから申し訳ないんだけど。あとはマンネリ化しないよう気をつける。マッピングとファシリテーション。

設計と資料作成(整備)の一部を外注していると思ってもらえたらありがたい。

20:30に終了して食事へ。T氏がずっと出席してくださっているので慰労会。私もお相伴にあずかる。院長先生と久しぶりに酒宴でお話を伺えた。とても嬉しかった。偶然ではない”時機を得る”のは難しい。訳あってお誘いを何度か断った。淡々と冷静にお供させてもらうほど自分の精神は成熟していない。自分との訳に折り合いがつかず、他者に迷惑をかける行為は愚の骨頂であると承知していても愚を選択する。

今回は愚を選択せず、自分の素直な気持ちに従えた。欣幸の至り。心の喜びは、声のトーンを一オクターブあげ、押さえ込んでいた「ねぇ、聞いて聞いて」癖が露わに。恥ずかしかった。

先生は大学院で一つのコトを深く掘り下げていらっしゃる。先生のスタイルを真似できない。惹かれる。私の話に頷いてくださる(気をつかってくださっている)。ゼミでは丁々発止と渡り合っていらっしゃるんだろうなぁと想像する。そこからこぼれ落ちてきた滴を掬いとらせてもらう。ワクワク感がからだを包み込む。

途中から奥様も参加。

身も蓋もない話をできる人がひとりいたら贅沢だろう — THINKSELLの裏側 でも書いたけれど、身も蓋もない話が好き。身も蓋もない話をする人へよい印象を抱く。といっても「する人」全員に好意を抱きませんが。本音と建前の有無に興味ない。興味の一点は、身も蓋もない話を避けずに知性へ迫れるか。

「身も蓋もない」の意味を辞書で引く。「露骨すぎて、情味も含蓄もない」とある。そのとおりで、人は、「そのまま」差し出されたら嫌がる。嫌がられるから配慮する。配慮は難しい。身も蓋もない話を言葉巧みに話せる人は少ない。言葉巧みに話しているようで、策士策に溺れる。シンプルな「ほんとう」について難しい単語を使って難解に見せる。あるいは修辞を駆使して己の存在を誇示する。一見して身も蓋もない話はたいていそんな程度である。

反対だ。複雑で解なしの事象を身も蓋もない話へ変換して素直に伝える。その変換の「視点」が聴き手を驚かす。ただし、「そのまま」に近いから露骨で嫌がられると思いきや、そうではない。変換のときに選んだ「言葉」が身も蓋もない話の灰汁を抜く。そしてとてもステキな笑顔がいっしょに添えられてる。

ステキな言葉のチョイスと笑顔。この二つが人を魅了する要素なんだと思う。

F先生、奥様、いつもありがとうございます。おだやかで安らぎました。また一つ問いをいただきました。問いを得られることばを交わせる先生がそばにいてくださり私は果報者です。

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