diary

檀那

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2011.11.17 晴れ

さて、今日はJanis JoplinのTo love somebodyでお目覚め。これ、大好きなんですよ。彼女の声は、あらゆる”One”。Janisに対して最高って賛辞はチープですね。おかげで朝からテンション↑

タンドリーチキンがうまくできて嬉しい。ちょっと辛かったけど。ヨーグルトの風味があと少しほしかった。ムネ肉がジューシーになるので不思議。手軽にできるのでありがたい。

料理を覚えはじめたら台所の導線や配置などが気になる。単純で現金な反応だ。これからの家は、台所がなくてもよいって何かで読んだ。頷ける。ステキな発想。家計のコストに時間管理を含めるとしたら、手料理が安いとは限らない。ネットとリアルを組み合わせたら台所のない家でのエコロジカル&ヘルシーフードスタイルを実現できそう。

反対に“日本のデザイン――美意識がつくる未来 (岩波新書)” 原 研哉 で述べられているように、一部屋を占めるほどのキッチンがあってよいと思う。この発想も好き。いまの私ならそちらを選ぶな。ドイツやイタリアのキッチンに惚れ惚れする。LDKからの脱却。次世代の家の姿形。

現場の実情を存じ上げないので夢物語かな。

災害時、一部屋全体が避難できるカプセルに変わる、もし家が倒壊してもその空間は切り離せる。防火性と耐水性が高く、浮力がある。そんな家が求められてもよい、と台所がない家を発想した方は書いていた。

家よりも車が先にパニックルームを実現するかもしれない。日本での車はこれからどんどんコンパクトになっていくんじゃないかな。ベースは二人。いずれ一人乗りの車も開発されたりしてね。Nissan Leafは未来の形を提示してくれているし、二人乗りでもっとエッジが効いたデザインになってほしいって期待する。

顕在している要求を実現する。もうひとつ。潜在している欲求を発見してカタチやコトに変えてゆく。“発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法” トム・ケリー, Tom Kelley, ジョナサン・リットマン, Jonathan Littmanが示すように「観察」が潜在している欲求を発見する。観察の対象自身がまったく気づかず無意識で「動いている」所作のなかに潜在している欲求は隠れている。

正法眼蔵随聞記 六 六 学人、人の施をうけて悦ぶ事なかれ

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.348

「人の供養を得て悦ぶは制にたがふ。悦ばざるは檀那の心にたがふ。」と云う。人からお布施をいただいたら悦んでもいけなし、かといって辞退してもいけない。ではどうするの?ってお話。

今回のお話が教えているふるまいが、「自分を捨てる」ってことかな。相手の気持ちを慮り、そして自分を捨てるために、「第三」の存在を相手と自分に知らしめる。

人間って、答えが出せない難しい問題に対して、「第三」の存在を生み出してきたんだな。そして、第三の存在って時に幻想であり、幻想を共同化していく作業が人間の営みなのかも。

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