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多言

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2011.11.19 雨

今朝はTHE COLLECTORSから”世界を止めて”で1日がスタート。はじめて耳にしたのはFM80.2のヘビーローテーション、1993年。衝撃でした。来年は1月の赤坂BLITZ, 2月の難波BIG CATで楽しませてもらいます。

朝から雨。今日は午後からO先生と打ち合わせ。雨は嫌だ。傘をぞんざいにあつかう人がいるのでこわい。傘が安価になったせいかな。ルールは守るけれどマナーは身につかない、ってフレーズをネットでみかけた。ある意味、正鵠を得ていると思った。他者からしかれたらルールは守れるけど、マナーは自分を律しないと身につかない、と自分のマナーの悪さを観察していてあてはまる。

12:00前の出発まで一仕事。M先生の広告物を制作したいのでまとまった時間を確保したいところ。この場合のまとまった時間って、10日間ほどで、その間は他の仕事を一切やらないし、一切考えない。

14:00から打ち合わせスタート。17:30終了。O歯科医院のアクセスログは、特徴があって他と比較できない。正直、わけがわからない。試行錯誤の解析。例外中の例外ケース。

先生から院内で配布するパンフレットの下地制作を依頼される。なんでだ。最近、ローカル環境の制作を相談される。なんでだ、と訝るし、なるほど、とも頷ける。いまの歯科医院の自由診療を記述しているサイトをいくつか見たら理由は思いつく。

勤務医の先生についてお話を伺い相談を賜る。教育と指導、そして敬意。前者の二つは上下の関係であり、後者は水平の関係と受けとめた。スタッフであるから医院の医療を実現してもらう。収益に貢献してもらう。そのための教育と指導。同時に勤務医の先生は医療人だ。医療人としての敬意を払う。先生のお話は奇を衒わず王道である。言い換えれば王道しかないって思う。

一般の企業の組織でも耳にする話。教育しない、指導しない。でも成績や成果に対して苦言を呈す。

終了後、ロフトで洗口剤のConCool F 100mlとお香の堀川を購入。書店で“失われた時を求めて(2)――スワン家のほうへII (岩波文庫)” プルーストを購入。

帰りは大阪駅で途中下車。心斎橋から長堀橋へ。くいしんぼ 本店で食事。粉もん禁断症状がピークだったのでモダン焼きを摂取して禁断症状をやわらげる。うまい、うまい。たこの塩焼きにびっくり。なんだ、このぷりぷり感は。これだけ美味いんだからしょうがない、服にまとわりついたニオイはがまんしよう。

ステキなお話と美味しい粉もん。ありがとう。

正法眼蔵随聞記 六 八 真浄の文和尚

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.351

たとえ仏法のことであろうと人と議論したり言い争ってはいけない。人と言い争うひまがあるなら時を惜しんで学ぶがよい。

六の八は議論の無益を説く。仮に何度も問われてどうしても説かなければならないなら、それすらも三度の問いにたいして一度答えるほどでよいとおっしゃる。そして多言閑語は必要なし。

自分自身が多言であることを認識している人としていない人の差異はどういったふるまいに現れるだろう。私はというと、多言閑語のサンプルである。だらだらしゃべるし無駄話満載。簡潔に最適な分量で伝達する表現は、それ自体が芸術。

自分の皮膚感覚的には、五人以上集まって、一人が何かを話し始めて一分過ぎたら人は聴く意識を急速に低下させているみたいだ。これは仕事での感覚。会議で5分も話せば演説である。プライベートな集まりだとまた違うだろう。

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