時光

2011.11.22 晴れ

Puff Daddy and Faith Evans featuring 112のI’ll Be Missing Youでお目覚め。ふっと頭によぎってアーカイブから検索して探して流す。1997年、何も思い出せない。がむしゃらに働いた日々が音楽とリンク。思い出したくても思い出せない曲もあるから困った。

二十四節気、小雪。太陽の黄経が240度。第五十八候、虹蔵不見。昼が短くなった、まだなる。陽射しは物憂げで柔らかい。

前の晩につくったいなり寿司でランチ。ほおばりながら母親のつくってくれておいなりさんを思い出そうとがんばる。どんな味だったかなあ、もう少し酢がきいていたよな、えっとたしかニンジンがはいっていた、ような、あれ、形はたしかもう少し丸かった、とか。

1997年か1998年、「あんた、まずいものには手をつけないから」って先輩のSさんから言われた。飲んでいるときだったはず。誰といっしょにいたかまで覚えていない。何も思い出せないのに言葉は刻まれていた。Sさん、よく見てたよ、ホント。無意識の行動って気をつけられないね。

うまいまずいは自分だけの感覚。他者と共有できるんだろうか? 母親の料理とお弁当がこの感覚を育てたってことは間違いなさそうだ。

ひとつひとつの食べ物にうまいまずいとか濃い薄い、甘い辛いって感じる。ひとつひとつに反応していたらたいへんだから黙々と食べているけれど、無意識では感じながら食べているんだろう。脳に障害が残って嗅覚が著しく低下した人から話を伺ったとき、無意識では感じながら食べていられるありがたみを実感した。

他者の不幸や困った体験にふれて比べて実感する感性。比較して自分の状況を確認する日々。そうでしか実感できない感性や感情でもきちんと手入れしておかなくちゃいけないなと思う。

比べなくてもよい感覚はいつ訪れるんだろうってふと思う。基準を捨てられることへの恐怖と期待。

19:00からF先生と院内システムの打ち合わせ。大阪駅で途中下車。“動きが心をつくる──身体心理学への招待 (講談社現代新書)” 春木 豊 を購入。著者が述べているウェルビーイングになるほど。からだの「手入れ」は大事。

先生は「結論から述べよ」とスタッフにおっしゃった。私に対する忠言だ。そう受けとめた。回りくどい自分の話し方を振り返る。21:00前に終了。

正法眼蔵随聞記 六 九 古人多くは云く光陰虚しく度る事なかれ

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.355

絶望か希望か、どちらでもないか。わからないけれどわからないけれど、達観した無を感じる。自分に対する過剰な評価も過小な評価もない。ひょっとして自分ってからっぽなのかなあ。空。

主君や父母も自分に悟りを与えることはできないし、父母妻子の愛情も自分の苦しみを救えない。財宝は死をのがれさせてくれない。そして、この言葉、「世人終に我レをたすくる事なし」だと。

結局は自分なんだけど、そこにすれた感じや投げやりなニュアンスはない。自分を救うのは自分、とかでもない。自分であることをさぼるな、ってしかれてしまった感じかな。

作成者: thinksell

creativity = chaos chaos = creativity Embrance it or die. フリーランス。開業から歯科医院のウェブサイトを制作していますが、いつの間にか歯科医院のデザインを提供している、らしいです。 自己評価は口八丁で綱渡り。やっぱり餅は餅屋が最適です。

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