diary

野諺

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2011.12.05 晴れ

一週間のスタートはアップ系で。Tom Jones “If I Only Knew”をガンガンに鳴らして頭をシェイク、眠気を吹き飛ばす。

第六十候、橘始黄。柑橘類が色づく時期。袋にみかん詰め放題、人が集まる。ナイロン袋をギリギリまでのばして詰め込み、果ては袋から飛び出してみかんの上にミカンがのっているだけの状態で、おそらく傾けるとこぼれおちるはずで、その状態は詰めたといってよいのかと傍目で悩む自分を尻目に袋を垂直にして持ち運ぶ人があちらこちらに。あの貪欲さが自分にない。見習わなければと思う自分とどうせ見習わないくせにと揶揄する自分。

10:00前に出発して心斎橋のアップルストアへ。修理完了のMacBook Pro 15inch(Late 2006)を引き取る。順番待ちの最中、中年のサラリーマンが息絶え絶えに来店、並んでいる人を押しのけた。予約なしの来店、1時間30分待ちと伝えられたサラリーマンは苦情を申し立てる。押し問答の末、1時間30分前よりも早い順番を確保した様子。

交渉とはある枠組に対して相互が議論を積み重ねてルールを合意形成していく過程だと認識している。だから「予約しないで来店したら待つ」ルールがあるシチュエーションで交渉は成立しないと思っていた。違うみたい。サラリーマンはどのシチュエーションでもビジネスのように交渉していらっしゃるんだろうか?

国民生活センターへスマートフォンの相談が急増している。第1位は「解約全般」で第2位は「説明不足」。ジーニアスバーもiPhoneとiPadの相談がMacより多いみたいだ。修理に出したときと引き取るときに漏れ聞こえてきたサポートの会話から「お互いたいへんだなぁ」と推察する。iPhoneやiPadが売れたから起きた現象。

どの時代の混乱も過渡期といってしまえば過渡期である。スマートフォンやタブレットが登場して情報端末を扱いやすくなった(ように見える)。いままで使ったことがない人が使い始める。混乱が生じる。あと10,20年すればスマートフォンやタブレットがデフォルトの世代へ移行する。混乱は終息するだろう。

20年後、39歳の私が「情弱」とネット上で揶揄されてサポートへかけこみ、今の私が「エエー」と思うようなことをサポートで尋ねているでしょう。今までさわったことのない端末が登場して使い始める未来の私。立場が入れかわりくり返す。だからいつでも過渡期だとも思う。

13:30からF先生のミーティング。15:00に終了。いろいろ思うことはある。沈黙。最近、あまりしゃべらないほうがよいなぁと思うので。観察から収拾したデータを分析するほうに注力する。

正法眼蔵随聞記 六 十七 俗の野諺に云く

正法眼蔵随聞記 ちくま学芸文庫 P.385

四行の文章。含蓄のあるお話。「唖せず聾せざれば家公とならず」という世俗の諺。「口もきけず、耳も聞こえない人にならなければ、一家のあるじになれない」という意味。

この諺から「自分の道」へ拡張していくロジックに納得。「自分を捨てて自分の道を歩く」という「私」を徹底的に探究する醍醐味。「自分」を捨てた私から出発して無へ進んでいく。

「自分を捨てた私」の矛盾。

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