diary

原曲と声のリンクがイメージを定着させる

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2012.01.05 明け方雪、あと薄曇り

雪がちらつく暗闇のなか、”Can’t Take My Eyes off You”でスタート。Lauryn Hillバージョンで。大好きなアーティストのひとりでなかでもこのカバーをとても気に入っている。iTunes プレイリスト定期巡回ナンバ。

少し前にカバーを聴くとカラオケに聞こえると書いた。最近、ラジオから “SONGBOOK” アンジェラ・アキ がかかる。やっぱり聞こえてしまう。どうしてだろうと思って時間があれば手持ちのカバーやYouTubeを聴いていた。で、納得した。自分の固定観念なんだ、「素直」に聴いていないってこと。

原曲と声はリンクしている。このリンクがイメージを定着させる。”Honesty” ならBilly Joelのイメージが固着してしまう。だから、アンジェラ・アキが原曲に自分の歌詞をつけて歌っていても忠実に再現して演奏しているとカラオケっぽく聞こえる。自分の耳がそう聞こえるだけだから他人の耳には違うように聞こえていると思う、言わずもがなで。

原曲がアレンジされていたらリンク強度が弱まる。Lauryn Hillの”Can’t Take My Eyes off You”は Frankie Valli – Can’t take my eyes off you – YouTube のカラオケに聞こえない。アレンジより英語のバイアスがリンク強度を弱めているしね。

カバーを聴いた時、原曲を知らなかったとして、カバーがその人にとって「原曲」だとしたら?

カバーと声がリンクしてイメージを定着させるかな? あとから原曲を知って聴き直したとき、どんなふうに感じる?

あと、原曲を知らずにカバーをはじめて聴いたとしても、曲の紹介があったら? 「Frankie ValliのCan’t take my eyes off youをLauryn Hillがカバーした」って言葉を聞いたら、曲と声のリンク強度は変化するだろうか?

音楽と声と記憶。三つのリンクの強度が心象に質感やうるおいをあたえる。もし、あなたが何かを残すとしたら何を残す? 写真? ボイスレコーダに録音された声? モノ?

そしてもしあなたが何かを残してほしいとしたら?

私は何も残さないだろうなぁ。だけど何かを残してほしいかどうかと問われたらまだ「答え」を持っていない。

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