diary

新しいモノを買えないときに浮上する索莫たる気持ち

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2012.01.11 晴れ

一本道

photo credit: RaidersLight via photopin cc

設計していたM先生のWPをテストサイトで制作スタート。工数を頭のなかでおおよそ算出したら、真性の暗闇で蒟蒻を掴んだ感じであった。いや、まぁいいや、さぁ、いこう。毎日10km歩けば2,3ヶ月で東京に到着するんだから。それに昔の人は1ヶ月もかからなかったというぞ。でもいまなら1時間かからず飛んでいけるぞ、とクールに反論する脳内自分。

新しい技術ってすごい。

Facebookで紹介した 金魚の絵 がすごい。なにげに置いてあったら触ってしまうか、掬ってしまいそう。驚きは世界のいたるところに息づいている。

母親から「前厄やね」というメールが届いて、その文面から察すると、信じられないって思っているみたい。生まれた時の状況からしたらまさかここまでだし、互いが「それぞれのあの時」を経て、いまはオマケだと腹を決めているだろうけれど、本人ですら感慨深い。といっても、前厄だからお祓いへ行くでもなし、なにかよからぬことや精神的に甚大なダメージを与えられたとしても、そういうものだと強張って身構えている。

技術系のツイートやRSSは、次から次へと製品を発表している。それらを読む。いよいよ追いつけなくなってきた。20代、電化製品やアンテナをはっているジャンルの商品が発表されたら製品仕様や用途や機能を調べた。それをしなくなってきた。

先日、本屋で自作PCの雑誌を手に取った。5,6年以来かな。M/B, CPU, Video Card, Diskの文章がわからない。知らない単語が増えた。単語の意味を知ったら何を書いてあるか理解できる。ただ、その単語を調べてさらに関連用語を調べて、そこからさらに関係分野へ手をのばして、の作業がこなせない。まずいなぁ。

使わない、という理由だけでスマートフォンを持っていない。ウソ、ほんとはお金がもったいないと思っているよね>自分。30代前半の私ならiPhoneとAndroidの2台、それにiPadとAndroid系タブレット、合計4つのガジェット持ちもアリかもねって遠い目をしてみたり。

先月発売されたPSVITA®に食指が動かなかったのはちょっとショック。DSはワクワクして手に入れたのに、並んで。

使わないのじゃなくて、使えなくなってきている。新しい技術やデバイスにキャッチアップする気持ちが逓減している。なによりも購買力がなくなった。それでも次から次への新しい技術の製品は発売される。

一方で、ソーシャルネットワークはレビューにあふれている。なかにはステマもあるけれど、みなさん上手に説明していらっしゃってて喜びが伝わってくる、使い勝手の臨場感が迫ってくる。

“羊たちの沈黙” トマス ハリス のセリフ、目にしたから欲しくなるわけで、見なかったらよいだけ。

物質の欲求を満たされないからでもない、なんか、どんどん取り残されているような、ひとりで本を読んだり散歩したりぼぉっとしていたりしていたとき、突然起動する「あれ、こんなことしててよいの、人ともっとリンクしなくちゃいけないよ」って、そんな具体的な言い方はしないけれど、ぼんやり浮かび上がってくる「誰に対して焦っているのか判別できないヘンな焦り感」がぬぼぉって包み込んで、新しいモノを買えないときに浮上するあの「索莫たる気持ち」はなんて表現したらよいんだろう。

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