diary

自分で変わるほうが効率がよい

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2012.01.16 曇

何年たっても色褪せなく聞こえるナンバってスゴイね。そりゃこちらが勝手に「色褪せなく聞こえる」ように聴いているだけなんだけど、買ってはブックオフへ持っていく昨今、ずっと手元にある「モノ」って貴重だと思うよ。

東京から夜行バスのなかで寝入って気づいたら05:40すぎに京都駅八条口に到着。10分前のアナウンスまでぐぅぐぅ寝ていた。背中がいくぶん痛い。中年の身体は正直。降りた京都駅は寒かったぁ。目がぱっちり。始発で帰宅。「始発で帰宅」ってなんだかへんてこりんな表現だ。別にあってもおかしくないはずなのに奇妙でエロスな響き。

帰宅してあったかいお風呂にはいって一仕事。11:00前に大阪へ出発。大阪駅で途中下車。書店で“レトリック認識 (講談社学術文庫)” 佐藤 信夫を購入。言語学の一部と認知が自分のなかでつながってきた。うれしい。「コミュニケーション」の定義をコミュニケーションの単語を使わずに説明できるようになりたいと思って始めた。まだまだ先は遠く長い。

13:30からF先生のミーティングに参加。15:00に終了。ミーティングを観察して私が作成しなければならない書類を設計する。「決まったこと」と「実行すること」を仕訳して備忘できるマネジメントソフトってあるかな。グループウェアはやや多機能で使いこなせない。機能は少なくてUIがシンプルなソフト。iCal+タスクリストだとスタッフ間の共有が難しい。うーむ。

すし職人がフランス料理のシェフに「ひとつにぎってください」と攻め寄ったらシェフはどう受けとめるかな。その反対ならばどうでしょう。とはいえ両者は「料理」というカテゴリーに含められるので、ひょっとしたら折り合いがつけられるかもしれない。

建築士が公認会計士に「図面を引いて下さいよ」と詰問したらいかがか? 筋違いか。ではとこちらもとばかり「上場企業を監査してくださいよ」とくってかかるか。

いくつも例示できる。微妙にずれたコミットメントが少ない領域に棲む専門家や実務家たちがひょんなことから相手の領域に首をつっこんだ途端、血相を変えて「やってくださいよ」と未熟なテンプレートを交換する。

いずれのケースにせよやれなかったとき、あるいはやらなかったとき、「批判しているだけですね」って罵ってお互いが幕を下ろす。そして「当事者である私」が理解していて実行しているからと誇示する。優位であるかのような錯覚を抱かせる。

Google Newsに掲載される一覧がそんな風景に私の目には映る。当事者である点に敬意を払う。しかし優位に立っているのではない。万人が何かの「当事者」である。同時に当事者の「領域」から少しはずれら傍観者である。傍観者が私見を述べる。その意見がマイナで批判めいていたら、自分の領域へ引きずり込む。当事者である点を聴衆へプレゼンして賞賛を浴びる。傍観者の意見を封じ込める。

傍観者のなかの大半の見学者は「当事者」の詭弁雄弁熱弁に誘い込まれ、「変えてくれる」と期待する。コンテンツよりメディアに吸い寄せられる。

足元を見る。他人が変えてくれると期待する。万が一「変えて欲しいとおり」に変えてもらえたら、私の年収は3倍になる?

「変えて欲しいとおり」に変わった世の中になれば、40歳を迎えるフリーランスの私が一部上場企業に転職できて10年後には年収1,000万をもらえるし、まとまった退職金を手にできる、そんな物語の「基底」がGoogle Newsに掲載される一覧に伏流している。

極端である点は承知している。屁理屈である点も理解している。←も反論を封じ込める手法である。技巧をこらした弁論は極論を実現可能な現象に、屁理屈を正統な論理へ変貌させる。他者は真贋を判別しがたく、期待値は上昇する。

“正法眼蔵(一)全訳注 (講談社学術文庫)” 増谷 文雄 を読んでいると人は鳥になれないし、鳥は人になれないことをなんとなく理解できる。真意を達観できる点に至っていない。ただなんとなくそう思えてくる。

いまのGoogle Newsに掲載される一覧の「構造」は、「私は人であるけれど鳥が空を飛べる既得権益を許せない。だから飛行権を剥奪して人と同じように歩けるようにしろ」と措定されているような印象だ。あるいは私も飛べるようにしてくれと。

ぶらさがる。

ぶらさがれるように変えてください、自己負担は最小限でお願いします、最小限の自己負担で最大限の自己利益を得られる世界に変えてください、そんなフレーズが込められているような感じだ。1年後に変わった感を得られなかったら好感度調査で嫌いと回答する。

そして、こんな風に書いたら、「失政」をリスト化したカタログを丁寧に送ってくださる方もいらっしゃる。血相を変えて送られてくるカタログはスルーさせてもらうけれど、クールにクリアカットに記載された「カタログ」を参照させてもらう。

他人に変えてもらうことを期待するより自分で変わったほうが効率がよい。放言したら楽だ。他人に変えてもらうのを期待して実現できていないからとイライラしなくてよい。

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