diary

モーテルの名前を思い出せないのに鏡の相貌は覚えている

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2012.01.24 曇時々晴れ

今朝はMarvin Gayeの”Sexual Healing”でスタート。大好きなナンバは抑鬱から穏やかで孤独の隙間へ招待してくれるはず。他人には寛容を求めているのに私は狭量なんだと気づいたら悲劇だ。気づかなければ喜劇だ。

記憶。ラークを口にくわえて火をつけた。ベッドの上で所在なげに待っている。彼女は顔になにかを塗っている。なにしているのか気になって煙の中から覗いた。いつのまにか化粧をするようになったんだ。鏡に映った顎を見つめる。Charlotte Gainsbourg みたいなラインがすごく好きで15歳の目にやきつけられたファーストインプレッションから変わらない。ファーストインププレッションの前、ほんとは会っていたんだ、ちがったかな、バスケットボールを受けとったんだったっけ、たしか。あとからわかったことだけど。おかしい。どこかピントがあっていない。鏡のなかの彼女は現実の残像を補正する。

目の輪郭に気づいていなかった。鏡の目の輪郭にピントがあった。輪郭をリッピングして現実の輪郭へ上書きした。目に惹かれていたんだ。鏡が教えてくれた。

そういえばどうして鏡の彼女は上下そのままなんだ? ずっと不思議だったのにほったらかしていた。謎を解くより鏡に入り込んだ容顔美麗を眺めていたかった。謎を解いたのはずっとあとになってから、記憶のなかで彼女の声を再生できなくなってからだった。

部屋の内装やベッドの模様を覚えていない。ドアやソファを思い出せない。物質のデータは消去されているけれど色はモノトーンに変換された。そういや、あのモーテルの名前、なんだっけ? それすら思い出せない。記憶がすべてのシーンを保存しているなら再生の方法を教えてくれたらよいのに。

ひとつだけ思い出せた。ぎこちない化粧が相貌を彩っていく鏡の彼女だ。鏡に入り込んだ彼女をクリアに再生できる。白のニットドレスの後ろ姿と鏡像をカットしてペーストしたらしい。そしてロックをかけた。誰にも削除されないおまじない。記憶は見たままを保存できても見たい映像しか再生しない。記憶の再生は独りよがりであり記憶の忘却はむごく苦しめる。記憶が正しいかどうかすらもわからなくなる。

いまもしラークを口にくわえて火をつけたら最初に彼女を再生するかな? 記憶は経験を書き換える。肉体は経験の原体験をたもちつづけているけれど、記憶は原体験から経験をわけはなしてしまい、原体験よりも美しく懐かしい、時にせつなく悲しい経験として物語る。

ラークを口に加えた年数の出来事は、西暦のラベルを貼って一枚ごとのカードに記録されてインデックスしてある。膨大な量のカード。新しいカードは手前に古いカードは奥へ仕舞い込んだ。記憶の遠近感をたもち続ける。

時間が記憶の遠近感をこわしはじめる。西暦のラベルは剥がれてゆく。鏡の彼女はどのラベルにインデックスしてあるかわからなくなってしまった。

ラベルが剥がれてインデックスを失った彼女は時空を超えてひろがり散っていく。記憶は断片を最適化する行為をあきらめた。ばらばらに散った彼女をひとつひとつ拾い集めて<彼女>として1枚のキャンバスに描き直している。

いまはまだカラーで描けているが、やがて時間と記憶は<彼女>をモノクロに塗り替えるだろう。

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