diary

pilgrimage

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2012.02.09 薄曇り時々晴れ

今朝は怒髪天 – 全人類肯定曲でスタート。リア充でない私は生きてるだけでOKです。6月のU-STONEの先行を申し込んだけど発表は11日。中るかねぇ。外れたら一般予約から。昨年は即完ではなかったけれどさてどうでしょう。

“巡礼 (新潮文庫)” 橋本 治 を読了。ページをめくりたくなる手を意識しておさえて「描きながら」ゆっくり読む。他者を慮る、他者を理解する、他者を想像する、ってたやすく口にしてはいけないコトなんだ。巡礼が描く襞まで入り込めてようやく口にできるのかも。小説を読んで映像化してほしいと感じたのは久しぶりである。最後の少し手前を自宅で読んでよかった。電車内だったらまずいことになっていたでしょう。

自分のなかには「認識」や「気づき」が頭のなかに埋もれている。成長や目的というタームに疑問を持つ。物事を相対化して対象を切り取っている。危険な兆候である。TL を読んで気づいた…..「気づきバカ」である….._| ̄|○

他方、自分の視点に懐疑的。ゆれ動く。相対化して無限後退に陥っていると思う。カリカリだとしても“相対主義の極北 (ちくま学芸文庫)” 入不二 基義を読みたくなった。突き止めたい衝動。

今週はM先生とメールのやりとりが続く。ありがたいこと。先生からのメールを着信している時間に私は寝ているか就寝間近でチェックしていない。朝、確認して返信する。すぐに返信するのも憚れるが「いま、ここ」の自分の気持ちに素直にしたがって書き綴る。02/10を祈る。

身体の変調が続く。絶好調の状態を知らないので比べても詮無い。作業場の環境がもたらす身体の変調か、それとは関係なく身体が痛んでいるか、わからない。わからないから不安がちらっとよぎる。ならば病院へ行けばよいと思う。思うのに病院へ行かない。重い腰は重いままである。決して軽くならない。「自分を診断されて悪い結果を聞きたくない」気持ちというのは、たぶんこういう感じだったんですね、と鬼籍に入った義父へ問いかける。

そういえば、うんこはあんまり臭わなかった。ファストフードやジャンクフードが続いたから臭いがした。因果が逆だった。あんまり臭わないうんこが続いていたから、臭いをすっかり忘れて意識していなかったところに、臭いがやってきて、「ある」ということを知覚できた。知覚したから臭いがあるものだとおもって臭わないうんこってあるんだろうかと誤解した。「ある」が常態ではなく、「ない(に近い)」が常であった。常であると言ってるしりから、数日後にはやっぱり臭ってました、とたぶん書くんだろうなぁ。そういうもの。自分の感度がいかにエエ加減かよくわかる。

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