diary

30年

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2012.02.17 晴れのち曇

今朝は畠山美由紀 “わが美しき故郷よ”でスタート。ホントに好きだ、この曲。何度も聴く。故郷といまの住まいに執着しておらず、身勝手ならば鎌倉へ移住しているだろうなぁと思いつつもこの歌に惹かれるのは意固地な自分を認識していないだろうなぁ。

04:30前に起床してアルバイトの入力を仕上げてデータを送信。出発の準備して兵庫方面へ。母方の祖父母が諸般の事情で引っ越すのでお手伝い。覚悟して臨んだが現場を目の当たりにして万感こもごも至る。ご近所への挨拶まわりにつきそったところ、ある奥様が顔をくしゃくしゃにして別れを惜しんでくださった。いわずもがな今生の別れである。「もう家族だったと思っていたから最期まで四人(ご夫婦と祖父母)でいけると思っていたのに」との涙顔の言葉が素敵だった。30年間の時間が積み重ねた「地域」の肌に触れた瞬間。

伯父さんと伯父さんの長男、私の両親と私で最後の梱包を手伝う。伯父さんといとこに会うのは久しぶり。お互いの加齢を実感。祖父母と伯父はあいかわらず「まさちゃん」と呼ぶがもうそんな歳ではないですよ、と照れる。でも、時間が経過しても空間の位置はいつまでも孫であり甥なんだ。それがまたこそばゆい。

祖父母の不安が言動に表れる。伝わってくる。そうだよね。明日は伯父さんの家で目覚めるけれど明後日は新しい場所で目覚める。目覚めた時、最初に何が目につくだろうね。いつも目につくものがない場所。見慣れたものがない風景。

引っ越しの搬送自体はすんなり終わった。いとこの車に乗って現地へ向かう祖父母と叔父さんを見送る。これから長い時間をかけた「整理」がはじまるんだなぁと宅に残った私は思った。

大阪まで送ってもらいM先生の近所のスタバで “文藝春秋 2012年 03月号 [雑誌]” 文藝春秋 を読もうと思っていた。37年前の論文「日本の自殺」が再掲載されて話題だと耳目したので読んでみたくなったので購入した。その前に携帯を確認したら着信あり。

クライアントのスタッフさんからPCの不具合についての電話。PCの状況から自分が行かなければ判定できないと判断したのですぐに移動。時間が限られていたし原因を特定しづらかったので必要最小限の処置を実行して月曜日まで様子をみてもらうことに。

19:00からM先生のミーティングに参加。今回は小児についての発表。とてもよかった。カンブリア宮殿に出演していた医療法人の理事長がご指摘していらっしゃったように、いまの歯科業界はまだ「啓蒙」していない。していても足りないと感じる。

ウェブサイトは「宣伝」のメディアになっている。「啓蒙」と「宣伝」は異なる、と私は思う。啓蒙しているつもりでもいつしか宣伝になってしまっていないだろうか? 啓蒙がよい、宣伝はわるい、ではない。両方を正常に運用すべきだ。

20:00に終了。昼食を食べ過ぎたせいかお腹はあんまり空いていなかった。でも食べたくなる。自分にとってはまずい傾向である。この傾向が続くと太る。調整して抑制しなければ。21:00に京都着。寒い、寒すぎる。まいった。

キョロキョロしながら偶然が舞い降りてこないか贅沢な願いを祈ってみたりして気持ちをあたためる。帰宅後、スープ一杯だけにしようとしたのにカレーまんを1個、やっちまった。

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