diary

おだやかな暮らし

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2012.03.28 春の嵐

今朝は、おおはた雄一 – おだやかな暮らし でスタート。もっとも贅沢な望みはおだやかな暮らし。記憶が幻想を再生する。

絶不調。胃が痛くてなにもできない。締め付けられる。頭が痛い。締め付けられる。F先生のシステムフローチャートを手入れしては手をとめ、また手入れ。

M先生の課題に沈思黙考。難問。フレームが決まれば手を動かせるが、手を動かしてフレームが決まっていくこともある。走りながら考えるのではなく考えながら走る。

レジに長蛇の列。もしあなたなが店員ならどうしますか? 私が目の当たりした店員さんはレジに背を向けずっと作業していらっしゃいました。一度も振り返らず。列の客は店員の背中へ怒りのまなざしを向けていた。そこへ別の店員が猛スピードでレジにかけより解放。レジが2台体制になった。作業していた店員は「お待たせしました」という声が聞こえたからふりかえって状況を確認。また作業へとりかかる。行動に一同唖然(っぽい)。

ぼくはiPod TouchのPDFを読みながら、でもそういうものだと感じた。そういう店員がいらっしゃてもおかしくないし認められるようになった。

最小の労力で最大の利益を享受したい消費者のマインドが、お店への欲求をエスカレートさせていく。今度は自分が店側に回ったときさらに高いハードルを用意されて苛立つ。だから次に消費者側へ憑依したらもっとエスカレートさせようと無意識に入力する。

まるで自分の尾をかみつくためにぐるぐる回るかのように「最小労力最大利益」にダンスする。

ある親御さんの苦情の度が過ぎていたから職業を確認したところ学校の先生だった、という話がある。利害関係者でない私は笑う。が、利害関係者には深刻であろう。

同じ構造がいたるところある。

私は高度なサービスを提供しているんだから私はさらに高度なサービスを受ける権利がある。

世の中はおもしろい。ネットで超前向きなリア充のコメントを書いている人がいざあってみると愚痴のオンパレードだった、とか、怒らないよと自分に言い聞かせている人が酒の席で店員に堂々とむかついている、とかってネットで書いてあり、そんな「構造」のテキストを読むたび僕の背中はぐっしょり濡れて、僕もその「構造」から逃れられない社会の成員のひとりであると認識する。

ならばいっそ構造を認識しないでありのままに表現したほうが迷惑をかけられてよいだろうとも思う。思うようになって迷惑をかけてなんぼだと言い聞かせられかけたら、躰がふんわり宙に浮いた感じで精神の隅っこに水が行き渡って潤ってきたように思えて、世の中よりも自分がもっともわけがわからずおもしろいと呵々大笑。

それにしても胃が痛い。頭が痛い。他者の傷みを理解できるか? というナンセンスな問いについていつになったら取り組めるだろう。

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