diary

動線

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2012.04.05 曇時々雨

今朝は THE BAWDIES – KEEP YOU HAPPY でスタート。ライブ行きたいけどチケットがとれない。石山も即完っぽかったなぁ。なにが好きかかって”3分”ってとこかな。

二十四節気、清明。第十三候、玄鳥至。農耕の始まり。来るものと去るもの。蕨を食す機会は少ないのでひょんなことで口にできたら舌のベルが鳴る。新じゃがいもが出回りだして何で食べようかと思いめぐらしているときは腹のベルが鳴る。

加齢にともなって読む本が変わってきたらしい。ミステリを楽しめなくなった。感性が鈍った。小説はまだ大丈夫。先日、京極夏彦先生の百鬼夜行シリーズをすべて処分した。再読予定で並べていた。並んだ”枕”本をまじまじ眺めてページをめくったら分厚さにめげた。もうこれを読める気力はない。他にやりたい時間が必要だ。そう直感した。直感が加齢を認識させた。試しに再読したら了解した。

今もコンスタントに本を処分している。書架に残る本を眺める。もちろん読めていない本も多数ある。これから読みたい本もあるだろう。見ている本とまだ見ぬ本のページ数をどんぶり勘定で暗算してみる。1ページあたりの読む時間を総ページ数でかけてみる。運よく生き延びたらと仮定したら、もう自分の本は打ち止めなんだ、とみえた。

「みえた」らダメだとどこかで見聞した。そのとおりだと思った。「みえた」ら身体がうごかなくなる。身体は心を豊かにさせる源である。その身体がうごかなくなったら心は四季を失う。一年中同じ気候が続く。変化なき気候がもたらす風景は月のようだ。新しいものへ向き合う種をまけなくなる。

新しいものに挑まなくなったとき、自分は世界の中心に位置する。中心の眺望点からみえる景色は独善。独善のペイントが世界を自分の思いつきたいように都合よく書き換える。

16:00前に出発。大阪駅で途中下車。大阪駅の設計は景観を上位に登録しているのでは。動線は景観の下位に登録されている印象。人の無意識の動きに従えばこう動くよね、って動きを通路のつくりが遮る。人の動きがながれをつくるのではなく、設計者の意図的に動くようにつくられているようでわずかに不便である。他方、景観は洗練されつつある。

スターバックスで本を読んでいるとノマド率が高い。あとはMacBook Airがどうにもドヤ顔にみえてしまう。ノマドとMacBook Airの相性はよいのでしょう。それにiPadが増えた。

19:00からF先生のシステム構築会議に出席。システムに必要な情報構造について持論を一席ぶった。正直、情報構造と非情報構造の間に存在している「認識されない情報」の話をしながら打ち合わせをするのはF先生だけ。それが適用できるからするだけである。適用できないのに一席ぶればただの演説になってしまう。だがその演説をしたがる自分がいる。

最後にiPadがもたらすインパクトについて説明した。先生の思考を刺激したもよう。その場で2台購入された。これで合計4台。現場は変容している。変容にシステムは対応しなければならない。人は変容とシステムを超えなければならない。変容とシステムを超えた時、経年劣化しない「知性」が生まれる。その知性は普遍に近づこうとするから何処へ行っても通用する。

いつも同じことを書いている。「うちで通用すればどこでも通用する」というフレーズを信用しない。そのフレーズを「演説」する現場ほど余所で通用しない可能性が高いというロジックを僕は経験的に知っている。どこでも通用する汎用性の高い人は普遍的な知性を育む欲望を醸成する。汎用性の高い人が表現する欲望に周りは引き寄せられる。この欲望が他者を魅了するからどこでも必要とされる人になると想像する。

100%で演じきったので列車に乗った途端、全身がガチガチだった。食欲は回復していない。夕食は食べず。帰宅後、久しぶりに強烈な空腹感が来訪。とても嬉しかった。あたたかい風呂につかる。皿を洗って棚へ戻す一連の動作が高度な認知活動したら、自力で風呂に入るのもそうなのかなぁと身体を休める。

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