Pモード

2012.04.16 晴れ

今朝は orange pekoe – やわらかな夜でスタート。ガチでクール。ガッチガチのテンプレートなら間接照明のシングルモルトですなぁ。あるいはカフェで聴くのもよい。「やわらか」なんですよねぇ、質感は。

午前中、アルバイトを仕上げて送信。右上半身の状態は変わらず。子供の身体ってやわらかいだろうな。ベビーカーで熟睡している姿勢からそう感じる。僕があんな姿勢で60分も寝たら、起きた時の身体の状態が恐ろしくてずっと目をつむったままでいたい。

午後からM先生の課題に取り組む。30分の集中と5分のボキボキ。このまま続くようだとだまして繕うような手入れではもたないなぁ。根本的な環境の再構築と身体の手入れを検討しなくちゃいけないかも。

居住について根をはる意識は希薄。惰性でいまの場所に住んでいる。子供を授かっていないので同世代や近い世代の人と交流はない。長男である点をのぞけば身軽である。このままいけば自分の代で終わる。申し訳ない気持ちが強いので上の世代の親族が生きている間は謝罪を続けなければならない。運よく我ひとり残れば背中は軽くなるだろう。

居住について雑誌で紹介されるような絵に描いた自然の場所にあこがれた。ライフスタイルもメディアで紹介されるテンプレートに引き寄せられ、それが完璧な「定型」であるにもかかわらず、「個性」だと感じていた。今はそういう気持ちはなくなってきた。次の住処は茫々としている。根なし草で身よりが少なくなれば、保証人の制度があるので、可能性は狭くなる。こちらが望むようにいかなくなることもあるだろう。

日曜日から外食が続く。胃がつかれてよわっている。味が濃いので喉が渇く。自分の事情で外食しているから我が儘なんだけど。塩胡椒で味付けした薄味の野菜炒めを大量に食べたい気分。

「知識」はダメです。当てにならないから。” と言えるほど知識をもっていない。想像するに知識は自分を勘違いさせやすいのだろう。僕がしゃべっていて引き寄せられる人は自分の頭で物事を考えていると思う。そんな風に感じ取れる。

たくさんの本を読んでいる人のお話しよりもほとんど本を読みませんと照れながら”Pモード”でトークする人の感性や感覚のほうが滋味深くて余韻をしばしば残す。まことに博覧強記の人だったらお話もおもしろそうだけど。

超然とした飄々な様子で己を揺らがせている人(←こんなワンパターンな表現の人がいたらおかしいんだけど、実際は)は、自分の意見を持っていそうでユニークっぽい。反面、自分の意見を持っていそうで、意見が前面に出ている人は頑固で会話がちぐはぐになり気味で、会話が説法へ変わり、自説の正しさを自分で確信するための場になったりする。

と書きながら、世の中かがこんな二項対立の単純な構図なわけない、ですね。

17:00すぎに出発。食事会に出席。みなさんお元気そうで嬉しかった。ただ、みなさんは順風満帆で成功者でいらっしゃるので私が末席を汚すのに申し訳ない気持ちもあり。歳は私が一番下。こうやってお声をかけてくださるのは嬉しくもあり不思議。思えば昔から先輩によく声をかけてもらっていた。18:00から21:30のお店が終わるまで話を積もらせ美食を堪能した。ほんとうにありがたい。