diary

風雅

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2012.05.08 曇

今朝は GLAY Bible でスタート。お恥ずかしい話、GLAYはほとんど知りません。曲名はまったく知らないし、曲もBGMで耳にするぐらい。ある日、この曲がラジオから聞こえてきてすごく響きました。特に、「あなたが生まれたあの日に テロが始まって あなたに何か託すように消えた命 その意味はまだ雲の上」ってくだりが大好きです。

リズムと歌詞を解析したらヒットする歌ってパターンがあるんだろうか。たとえば人が好むリズムや歌詞を調査したとき、統計的有意差を観察できるのか。

というのも、近ごろの邦楽の歌詞を読むと、すごくシンプルだなぁと感じる。シンプルはやや褒め言葉のニュアンスなので否定系だと単純すぎないかなって心象。なるほど、ストレートだと思えばよいのか。

“広げ”すぎだし”つながり”すぎだし、”愛し”すぎで”閉じ”すぎではない? と感じたり。苦手。Google検索してみると、やっぱり「すぎ」系のキーワードがたくさんヒットする。バッドエンドやシュールな歌詞がもっとあってもよいと思うし、よくわかんないエキセントリックも期待している。

オリジナルじゃなくて椎名林檎さんが歌う『翳りゆく部屋』を聴くと、あのボイスとボリュームとリリックが混じって、パラレルワールドにトリップできそうな快楽がやってくる。もう身も蓋もなくて最高。

18:30に京都駅へ。経営者お二人からお誘いを受けお相伴にあずかる。私がゲストになりそうで丁重にお断りしてあくまでお相伴ということで。

事前に予感はしていたので、正装が適当だよなぁって承知していた。けど、「正装」とよべる一張羅を持っていない。全部捨てた。で、やっぱり。タクシーに乗って目的地を耳にしたとき、案の定。はやくも自分の格好を謝罪した。こういう場合、私が恥ずかしのではない。自分がどう思われるかというのはようやく無頓着になれてきた。それよりもホストに恥をかかせてしまうのでお詫びしなければならない。

一件目は青蓮院門跡。この日記に備忘するのは失礼千万なのでほどほどに。オーナから経歴やいまのお仕事や人脈をお伺いして、10億円が一万円みたいなデノミネーションの世界にやってきた気分にぶっとんだ。一流になれたとしても、教養は一朝一夕で身につかないよねって常々思っていたが、再確認できてよかった。一流と教養が自然融合されたお店のおもてなしを味わう。

失礼を承知でじっくり観察させてもらった。オーナの視線をあびると全身スキャンされている気分。キンタマに力を入れて鍛えているつもりの胆力で耐え忍ぶ。一流と教養と礼節が調和された立ち居振る舞いを外界へ持ち込もうとしたらややこしいだろうなぁ。外界は外界で異なるしきたりがあるし、また文化的資本の境界線がひかれているだろうから通用しない可能性が高くなる。

経営者のお二人と周りを観察して思う。空間に溶け込むには、溶け込む側の様態が問われる。質。僕はその質を持ち合わせていないので自分の役割を認識するよう努めた。みなさんがお話しなさっているお姿は、まるで雅な舞台で舞を演じていらっしゃるかのよう。それを青田で袖から観賞させてもらった。舞が盛り上がれば盛り上がるほど僕の認知能力は冷静に機能する。

二軒目は石塀小路。ひさしぶり。20代のころ、Googleで「石塀小路 スペース」で検索すると自動で表示されるお店で遊ばせてもらった。その前を通り抜ける。ここでも観察。瓦をやり直そうとしたら一軒家が買えるのか、と知って心地よい異文化衝撃を頂戴する。このあたりの「変化」を伺い諸行無常。

京都に限らず、その土地の「底知れなさ」を知るなら、あの空間へ足を運べば体感できるかなぁ、といつも感じる。もうひとつは神社仏閣か。花柳界と神社仏閣。あるいは山。

風雅な夜。ニセモノがあるからホンモノが…..といわれる ようにホンモノのなかにひとりニセモノがまじっているのも乙だろうと自慰しながらの帰宅。

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