diary

いつかそこに行かなくても

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2012.05.18 晴れ

今朝は bonobos – 天体のワルツ でスタート。

10:00前にぶらり家を出る。大阪駅で途中下車してチケットショップへ。ツタンカーメン展の平日鑑賞券を購入。2,500円のチケットを2,400円で購入。駅からの移動距離と移動時間と購入の手間を計算したら100円以上のコストがかかっているはず。安い買い物をするために遠くへ出かけて買うようなものであり、安い買い物をして携帯電話代を払うような構造と似ている。

はやめのランチ。インデアンカレーに立ち寄りスパゲティ卵入りを注文。相変わらず美味い。

西梅田から本町で中央線に乗り換えて大阪港駅。10分足らず歩いて大阪天保山特設ギャラリーに到着。12:10ごろ。行列へひとり心中おだやかならぬ状態で近づいていく。なにやら様子がおかしい。チケットを持っている人は「整理券」を受け取って下さい、とのアナウンス。へっ? 整理券?

誘導に従って整理券を受け取ると集合時間が記載されている。13:40集合。入場制限している。並ぶ必要はないが、整理券を受け取って待て、ということ。いまから約90分待ち。iPadを持ってきてよかった。iPadで読書。公衆無線LANを探して彷徨いネットへログイン。

5分前に集合場所へ行く。なんでこんなときにも5分前に行くか、と自分の行動にあきれる。13:40の整理券を持った人々がすでに並んでいる。行列から入場するのに30分以上かかった。そして、並びはじめてからずぅっと誘導されて入場。まるでベルトコンベアの上の部品みたいだ。

入場するときVTRを40〜50人ぐらいの集団で3分ほど観賞。観賞の意図をはかりかねる。どうやら入場制限のうえ、さらに入口で小集団ごとに分けて、VTRを見せることで、見学者が流入する量を調整している(つもり)らしい。

外国の展覧会に行ったことないので知らないが、日本ってホントに親切だ。親切を通り越して過保護でもある。そして、見方を変えたら人を信用していないのだろうとも感じる。主体者側に責任がないことを連呼したいと穿ってみる。懇切丁寧に「約束事」や「お願い事」を説明するし、写真は撮影しないでください、列を作って順番に観賞してください、などなど絶え間なくアナウンスしている。

休日を想像しておそろしくなった。

コンテンツが人を移動させる。移動はエネルギーを消費する。そのコンテンツは期間が限定されていて、かつあそこでしか見られない。ならば、期間が限定されていなくて、あそこでしか見られなく”もない”コンテンツで人を移動させられるか? を並びながら考えていた。

何度も書いているように、通信回線速度がさらに高速になって、3Dの技術が向上して、着用できるコンピュータが開発されたら、ツタンカーメン展のようなコンテンツを自宅で観賞できるだろう。移動はなくなる。世界中の美術館や博物館へログインして観賞できる、と想像する。

ただし、いつ実現されるかまで僕は予測できないから、生きている間にそれらの環境が整わなければ、今のように並んで観賞する形式に従わなければならない。

あそこへ行かなければ体験できないコンテンツをとことん練り上げる。サイトやSNSやツールを使ってコンテンツを発信する。たぶん、いまはサイトやSNSやツールが先行してしまっている。コンテンツを練り上げてコンテンツの質量を増大させるよりも、「発信すること」自体が目的になっている。

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