diary

帰還なき学習は他者の評価を気にしている

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2012.06.15 曇のち雨

今朝は Pitbull – Back In Time でスタート。MIB 3で知った曲。いまでもラジオでちょいちょい耳にします。なんだか懐かしいリズムなんだよなぁ。

06/14にアルバイトの資料が到着したので没頭。キャッシュフローと利益がほどよくバランスとれていて、なおかつB/SとP/Lを安定させるってむずかしい。そのへんは財務のプロから助言をいただくとしても、経営者が「数字」を理解しているか、否かは、組織の規模に問わず経営の根幹なんだ、と毎度ながら強く感じる。

冷徹で身も蓋もない皮膚感覚でもの申すと、経理と財務を他人(親族を含めて)に一任して、経営者が数字に関与していなければ、増収増益のプランを思案しても有効な対策は講じられない。「関与」の定義は、財務諸表を自分の目で直接確認して、全体像を数字として把握できている状態。

14:00からF先生と打ち合わせ。矯正歯科の診療システムについて。大阪駅で途中下車して “デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)” アントニオ・R・ダマシオ を購入。勉強の方向が、「認識と言語」に定まってきたので参考文献を参照しながら読む。が、やはり教科書や論文に目を通して理解できるようになるまでは10,20年先なんだろうなぁと思う。素人向けに「翻訳」された書籍をようやく理解できるようになった程度。

同じく“ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観” ダニエル・L・エヴェレットを発見。購入を迷う。いつか読みたい。というのも、ピダハンの言語は、言葉と認識をテーマにあつかった書籍にしばしば登場する。左右や数字の概念がない?!、時制が西洋文明と異なる?! 部族として紹介されていて、ちょっとしたエピソードを読んだだけでもおもしろい。

F先生と打ち合わせして、矯正歯科の診療システムについてのフレームワークデザインが甘かったと反省。視覚的により理解しやすいフレームを作成しなければ。

16:00すぎに終了後、Apple Store心斎橋店へ。母校の高校の前を通過、周辺の継続と変貌が感慨深い。母校は僕の人格形成に強く影響を与えた。あの当時の授業をもう一回受けてみたくなる。現在の高校の先生方はどういう授業をなさっているかを存じ上げないが、あの頃は、かろうじて「古き良きはちゃめちゃな時代」の尻尾だったと思う。それでも先生方は、生徒達の学力を嘆いていらっしゃった。確かにそうだろう。同窓の叔母から話を伺うと昔はもっとはちゃめちゃでユニークな秀才がいらっしゃったみたいだ。

19:00からM先生のミーティングに参加。20:00すぎに終了。コメントを申し上げた。コメントの意図をもっと精確に伝達しなければならないのに躊躇してしまう。精確に伝達するスキルが向上しない。稚拙なコメントは避けた方がよい。自分の無力の粘性が増すだけだ。

6月にはいって金曜日は夕食を食べないようにした。土曜日の調子がすこぶるよい。睡眠が深く目覚めが快適。土曜日が充実す。栄養摂取の観点からはいかがなものか。0.1%程度の興味はあるが、爽快と昂揚はなによりにも代えがたい。食べ過ぎである、ほんと。

決まり事を紙に出力する、知識を習得する、本を読む。入力を満足しているならば、帰還なき学習である。自分の変化を促す学習ではない。帰還なき学習の基底は、学習している私を他者から評価されたい欲求である。それを練習のための練習といい、ひょっとして、たた素振りをしているのと、本番の打席を想定しながら素振りするのは雲泥の差、月とすっぽんと通底しているかもしれない。

自分自身と素直に向き合い、自己の更新を味わいたい一心であるなら、入力と出力の循環を意識し、学習の系を現象へ帰還させて事実を構成する変数を増加させる。入力した結果が予測できない出力の変動を吟味するだろう。他者から評価されたい欲求は後である。もっとも忌み嫌うフレーズを備忘す。誰のために為しているのか?

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