diary

異界への入口

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2012.07.13 曇

蓮の葉

第三十二候、蓮始開。目玉おやじだったら葉の上の雨露で水浴びできるかしら。蓮の葉。幽玄の世界。緑の桃のコントラストが異界の入口。

「読書というのは、「今読みつつある私」と「もう読み終えてしまった私」の共同作業なんです」 “街場の文体論” 内田樹 (p.57) が目に入ってきた。瞠目。輪郭がくっきり見えた。共同作業か、確かに。3分間スピーチと似ている。話しつつある私ともう話し終えてしまった私の共同作業。3分間スピーチの醍醐味は「おとさずおとされる」だと思う。想定していたオチにむかってしゃべっていた私がいつしか聴衆の反応に応答して異なったオチへ向かう。おとされる。聴衆が私と私を引き裂く。空白。「ふたり」が埋める空白。発見を自覚できる瞬間。

ウィンナーとピーマンとアスパラの炒めものとごはんの昼食。すませて出かける。先日の定期健診でみつかった虫歯の治療。また手を入れてもらう罪悪感と虫歯ができても好きな食べ物を食べて手入れを怠った自分への慰めが交錯。

13:00すぎに出発。電車が遅れている。大阪に到着して私用をすませようと立ち寄ったら思いのほか手間取った。ギリギリの時間になってしまって焦る。最寄り駅で下車して歩く。歩く。陽射しは強くない。だが汗が噴き出す。歩く。雲が全身の水分を吸い取っていくみたい。いつもの道のりが異様に長く感じた。

16:00前に治療を終えて移動。19:00からのミーティングを前にスタバで休息。本屋で歩き回る。ぐるぐる回れば本と目が合う。

19:00からM先生のミーティング。20:00すぎに終了。発想や視点を誘発させてアイデアを捻出する方法は沈黙を招き入れる。決められたテーマとやることリストを決定する話し合いは受け入れられやすい。一昔前は悩んだ。なぜ捻出する方法は黙らせてしまうのか。いまはあれだけ悩んだのが嘘みたいだ。ほんとに嘘だったのだろう。悩んだふりして自己満足していただけだったのでしょう。集団には「過程」がある。集団には「時機」がある。そう感じる。

21:40すぎに帰宅。昨日に続き、夕食はなし。あと何回夕食を食べられるかよりも何回夕食を食べないか。

暑さと寒さの曲線が頂点へ向かい始めるとき、心身機能が0へ向かって一歩一歩降りている変化を年ごとに感じる。いまは一歩一歩であるけれど、いずれ段をとばして駆け下りてゆくだろうし、ひょっとして突然0へジャンプしてもおかしくない。心身の機能が衰退していっている様を感じられる幸せ。

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