diary

褒めたと思ったら貶して同じくりかえし

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2012.07.26 晴れ

今朝は Joss Stone – Son of a Preacher Man でスタート。Janis Joplin、ちょっと意識してる? っぽい Joss はとてもクール。海外のアーティストでも口パクってふつうにあるって思っているけど、この人はないよなぁ。めっさうまいよな、I can’t speak English ですが。

お昼をおかず一品と汁物だけにしたら体調の下降線はとまりそうな気配。三食だと食べ過ぎかも。枝豆だったらいくらでも食べられそうなのに。栄養学的には野菜と豆の長所をあわせもつそうで、なんとういやつ。大豆にはあまりないビタミンAやCを有す。ビタミンB1は豊富。大好きです。

炒めものをしているとき、ピーマンを少しいれる。彩りが変わる。あまり炒めすぎたら変色するので要注意。歯ごたえも大事。ビタミンAやCを摂取できるらしい。赤といっしょに炒めやれば、食欲を刺激。

相手が思い通りに仕事してくれたら褒め称え、思い通りに仕事してくれなかったらあげつらう。毀誉褒貶の自覚がないのでやっかい。「思い通り」というのは自分の視点からみた願望だ。相手にも何かしらの事情がある。事情の背景を想像しないで、顧客満足を錦の御旗にかかげる。ひょっとして処理能力の問題は自分にあるかもしれない。

本人は批判を述べても、他人には愚痴に聞こえる。批判と愚痴の境界線を認識していない。境界線があると思っていないから「お互いおかしな点がある」との常套句が話の枕詞で使われる。

自分と相手の立ち位置や視点を慎重に冷静に吟味して、コトを成し遂げるための道筋を正確に描く。そのために評価があると僕は思っている。相手の感情を慮る。感情のバリエーションが少ないから好きか嫌いかに限定される。両者の底に流れているのは怒り。

コトへの視座が自分だからだと思う。自分にとって居心地がよい相手か気分を害する相手か。居心地の基準が毀誉褒貶の印象を与える。いまの視座を拡張して鳥瞰したら、実は居心地の悪い場所にいた、は多々ある。気分を害する相手からのほうが私にとって有意義な意見や改善点を述べてくれたりする。

M先生のサイト制作のつづき。タブレットとスマートフォンで表示を確認すればするほど「画像」の扱いに悩む。スマートフォンのユーザを想像する。

PCのユーザとスマートフォンのユーザは、動態が異なる。同じコンテンツを異なる動態へ提供する。難しい。理論的には可能でも身体的には無理している。ウェブサイトは時折そういう無理を強いる。

制作に没頭するあまり忘れてしまう。アクセス数を稼げても来院してもらえないサイトは歯科医院のウェブサイトじゃない。この点をうっかり忘れてしまう。それがもっともこわい。

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