ご覧に入れれば入れるほど嫌われる

2012.08.06 晴れのちスコール 高湿度

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今朝は Hiromi Uehara – Summer Rain でスタート。笑顔の向こうは無限の努力があるだろうなぁって想像する。エキサイティングな空間を創造する笑顔って、なにかいつもの笑顔と異なるような気がします。なにかが違うんだよなぁ。

午前中、夕方の営業の準備。前回の打ち合わせの問題点について整理。多用の社長に対して端的に回答しなければならない。頭のなかで質問をリストアップして、回答する。回答を検証して修正。もっとも短い回答を用意する。回答から次につなげられるかもしれない展開を想定する。これを何度もくり返して午前中が終了。

正午前に出発。大阪へ。13:30からF先生のミーティングに参加。15:00前に終了。下半期、持てるスキルをフルに使って総仕上げしなければ。次の場所へ移動しながら9年間の歳月を想起。印象に残ったコトを抽斗からひっぱりだす。記憶に保存できても思い出せないコトがあるからもっともっとあるなぁ。ぼんやり眺める車窓。9年の間に車窓の眺めは変わっているはず。でも変わったことを僕は認識していない。

16:00からウェブサイトの営業。Kさんにも同席いただいた。自分には厳しい仕事だ。先のイメージを描けているが、自分のスキルはイメージを追い越していない。頭のなかにある絵を描こうとしたら手が動かせない。色を再現できない。不安。経営者の情熱と構想を伺って皮膚がピリピリした。後で自覚したことだが、ふくらはぎが筋肉痛になっていた。経営者の感性にふれてヒートアップした。

フジテレビがロンドン五輪の女子マラソンを放映した。テレビの実況と解説を消音してNHKのFMを聴いた。サイトを制作しながら映像を時々確かめる。時々のたびCMが挿入されるのでCMが普段より多いように感じた。

思い込みかもしれないし、データで比較しなければならないことを承知して印象を述べると、女子マラソンは高い視聴率が見込めるからCM枠の営業を頑張ったんだろうなぁ。CM枠の営業をがんばらなければならないコスト構造(タレントのギャラや人件費、派遣費用)だ、否、たぶん、勝手にそう思った、ということにしておきます。

興味深い現象だったので、制作の手を止めてNHKのFMを聴きながらテレビの画面を見た。CMが己の時間感覚を超えて挿入されるマラソンは視聴しづらい。CM前とCM後の映像が頭のなかでリンクしない。10分おきにシーンががカットされた映画を観ているみたいで、途切れた「映像」を自己解釈する作業がストレスだ。

で、そのうち、CMが挿入されたらCM企業が不快に思えてくる。別にフジテレビや企業が悪いわけじゃないのに。それぞれの事情があってのことだからイライラしたら自分を損なうだけだ。自分をイライラさせのは無駄なエネルギー、と戒める。

おもしろい。CMが流れれば流れるほど疎ましく思う。CMをご覧に入れれば入れるほど(僕から)嫌われる。マラソンの映像(=コンテンツ)を見たいだけで伝達する手段(=メディア)に関心はない。マラソンに詳しくないしわかっていないのでラジオの音声でも充分だった。増田明美さんの解説を楽しめたので、映像がコンテンツではないかもしれない。映像=コンテンツの私見を修正した。

コンテンツってなんだろ?

たぶん放映権のコストが関係しているから民放を批判したら、意見の方向は間違っているかもしれない。よりよき改善へ導く議論の妨げだろう。ただ、今回のラジオやTwitterを眺めていて、「ソーシャリンピック」(=オリンピック×ソーシャルメディア)にタッチした感じ。テレビでなくてもよいんだなぁって思った。もし、放映権のコストが解決できるなら、インターネットの経由で閲覧できたらと思うし、スマートフォンやタブレットでも希望したい。

タブレットの画面にオリンピックの映像とソーシャルメディアの反応が同時に表示されれば、世界の反応を伺えておもしろそうだ。

あらためて、コンテンツってなんだ? コンテンツを最適に伝達する手段ってなんだ? って勉強できてよかった。