diary

手を替え品を替え連続を引き千切る

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2012.09.04 晴れ

今朝は The beach boys – Kokomo でスタート。とりあえずこの曲を聴かなかったら夏は終わらない、と思う。もう完璧にすりこまれて、この曲を聴いたらCocktailを猛烈に飲みたくなる。スクリュードライバー(なんつぅテンプレート)で….orz 映画、何十回観たやろ。

M先生のWP製作の沼にはまって出てくるのに丸一日かかった。それでもはまってよかった。いまここで想定している設計に近づけた。さて再スタートして、淡々と製作。画像の取り扱いはやっぱり悩む。

本屋で “夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)” 村上 春樹 を購入。単行本で読むつもりが、積ん読本を読んでいたら文庫が出版された。積ん読のままで終わりそうな本もある。処分すればよいのに背表紙のタイトルがどうしても気になって目につく書架へ収めておきたい本ってあるな。

ヨーロッパの景色をネットや映像で眺めていたら、電線の少ない景色がうらやましく思う。空が見えやすい。ところでヨーロッパの人々は、建物や都市、街並みついてどんな感覚を持っているだろう? ガマンして高い建物を建てない? もし法律で規制されているとしたら、その規制が解除されたら、NYや東京のような高い建物を建設するかな。

大都市で建設される高層ビルと古くから受け継がれてきたヨーロッパの街並み。二つを支える技術に違いがあるとしたら専門家の方々の話にふれてみたい。勝手なイメージを描くとしたら、前者は最先端の技術、後者は昔から継承してきた技術かな。非論理的も甚だしいけど。後者の技術にも最先端はあるはず。

破壊と創造によって進化してきた街並み、継承と手入れが整えた街並み。不思議。思考の暴挙に出てみよう。街並みを二分してしまう。日本の街並みをどちらかに分類した。両方の街並みのコンテンツは魅力的だ。なのに、東京のような先進的なイメージもヨーロッパのような伝統的なイメージもあてはめられない街並みがでてくる。

たぶん二つの街並みの集合がまじわる点。駅前は都市化されているけど、少し離れたら昔のままの風景。でも昔のままの風景も守られておらず、手を加えようと試みて失敗した跡が点在している風景。保守されてこなかった場所。そんな地域の街並みがあると思う。

どこもかしこも観光地である必要はない。便利で住みやすい地したいと願う。願いは東京や大都市の街並みがつくり、希望を持った他は公平を追い求めて東京や大都市の風景を獲得する。公平は、土着の風土や文化が持っていた「連続」を断ち切った。

公平を追い求められず、耐えてきた地域もある。それが、いま、人々の耳目を引く。「連続」が断ち切られず、細く弱々しく守ってきた街並みが人を集める。

自宅の周辺を散歩して、あと少しガマンしていたらと思う。高層マンションをガマンして、中古の(街)家を修繕して住むような方向、使い回す習慣、不便を受け入れるあり方、とかがあって、あと少しガマンできていたら20年後の街並みは、「耐えてきた」物質が持つ生命力を表現しているかしら、と期待して想像する。

100年後、高層マンションを容易に破壊できる技術が開発されていたとして、もし、破壊されずに残っていたら、“アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))” フィリップ・K・ディック の「キップルに埋め尽くされたビル」があちこちにあるかもって脳裏に描いたら震えた。

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