diary

季節の変わり目は沁みる

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2012.09.26 晴れ

今朝は Bee Gees – How Deep Is Your Love でスタート。これ、なにかの映画の挿入歌だったような。サタデー・ナイト・フィーバーかな。思い出せない。いまは思い出せなくても検索すればすぐ答えを見つけられるけれど、やっぱり思い出したいよね。どうせいつかは「映画の挿入歌だったはず」すら思い出せなくなるんだから。

第四十六候、雷乃収声。涼しくなった。日の出も05:30より遅くなり、目が覚めたときにはまだ薄暗い。朝の05:00から06:00までの間がイチバン好き。昨日つぼみだった竜胆が開いた、と思ったら夜にまた閉じた。びっくりした。そうなんだ。おもしろいなぁ。

M先生のサイトとF先生のサイトを制作。両方ともリニューアル。7,8年前と今では、サイトの状況は一変した。否、激変。詳細は割愛する(正しい用法だっけ?)として、コンテンツを再考するよい機会。スマートフォンの勢いをとめられないし、mobile first が注目されるのも理解できる。

ビックカメラとユニクロが店舗を出すとか、大型家電店舗の出店を記事から知ったとき、ついつい自分の生活にあてはめてとらえてしまいがち。いわく「まだ出店するんだ? 買う人いるの?」って。で、詳細を調べたり経営者の意図を読むと、「ああ、そうか、スケールや考える”先”はまったく異なるし、自分の感覚は経営者の足元にも及ばない」って痛感。

それと似ていて、自分がスマートフォンを使わないからって、「スマフォでウェブサイトを閲覧するなんて」って言ったら、もうこの仕事を卒業しなきゃいけないだろうし、かえって、スマフォを使わない「距離感」がより深く観察できるような気がする。

06:30にもなれば道行く人々がちらほら。イオンが07:00から開店するようになったからかもしれない。こちらは朝一番に新鮮な食料品を手に入れられて嬉しいが、従業員の方々はタイヘンかもしれない。人々の生活時間が一定でなくなったから「どこか」に標準を定めていればよい、ってわけにはいかない。だから開けられるだけ開けておけになってしまうし、そうなれば経費を回収するための売上をとなり、削られる経費はギリギリまで削れとなる。そして削られる経費は、といえば、おおよそ「固定」されている。そんな循環は他の業界でもあるだろうし、近くの人から話を伺えば、なるほどと思う。

近江神宮

SNSやブログやらネットの界隈をウロウロしていると、季節の変わり目にココロが反応しやすくなっているかしら、と。小休止してそうな人、ちょいあぶなっかしいさえずりの人、ハイテンション系の人、いろいろ。まぁ、ただウロウロして目に付く先の人は、僕の嗜好が強く表れているだろうから、似たようなユーザのふるまいにアクセスしているだけかもしれない。

15分歩くと神宮がある。静かな場所でたまに訪れてじっとしている。大木に囲まれた参道は日陰が多く、木漏れ日が美しい。ホントに静かだ。近くで電車や車が走っているのに音は届いてこない。砂利の足音が心地よい。

光と影、表と裏、陽と陰、生と死、ほかにもたくさんの「ふたつ」があって、どちらか片方だけではダメなんだって木漏れ日を撮影しながら感じる。ふたつの均衡を保てない。難しい。そもそも「どこ」で釣り合っているかは自分のことなのに自分では発見できない。ずっと崩れたままかもしれないし、ずっと釣り合ってとてもすこやかな生活を送られていることも。

自分では釣り合っていると感じても他人からは奇異に映っていることもある。「関係」が均衡に影響するから。関係から観察した均衡と自分だけの均衡は別物かもしれないし、統一されたひとつの「自己」であるともいえないかな?

坂道になっている参道の中間に立って前と後ろを見回したとき、その参道のなかに自分だけしか存在しないとき、とても穏やかな気分になれる。幸運を授かったような。ほんの短い出来事で数分もすれば誰かが視界に入ってくる。

あの短い時間を味わいたくて歩き出す。

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