重ね合わせる営み

2013.01.21 曇のち雨

今朝は 蜜 – 初恋かぶせる でスタート。たぶん、たぶんだけど愛はわからなくて、恋はわかる、そんな感じで、instaでポストしたけど、恋は無線で愛は有線、なイメージ。

二十四節気、大寒。太陽の黄経は300度。第七十候、款冬華。鰤がならんでいる。脂がのっている。寒い朝一番に買い物へ出かけて艶々の鰤と目があったとき、何で食べようか立ち止まる。鰤かまも捨てがたい。大根や生姜、醤油、昆布、酒….、日本人でよかったと思える単語がふわふわ宙をさまよい手を伸ばしてどれにしようか相好を崩す。

かわらず野菜、とりわけ葉物が高い。しょうがない。自然と市場の摂理、人間の思惑で生活は支配されているんだから、反抗と恭順をくりかえす。

12:00前に大阪へ出発。F先生のミーティングへ参加。労働環境のプレゼンを承ったので15分ほど話す。予定より少しオーバーした。失格。もっとシンプリシティにクラリティなプレゼンがある。

同じテーブルに座ってひとつの事柄を話し合っているようで、現実はいくつもある。テーブルについた人の数だけ現実があって、ひとつの絶対はない。真実はない。だけど、自分の現実が真実により近いと思ってテーブルについている、つきたくなる、あるいは、そう訴える。

夕方の琵琶湖

いくもある現実を重ね合わせる。平面に複数の現実を重ねるだけでは足りず、ときには立体にも重ね合わせる。複数のレイヤがひとつの現実のなかに含まれているからだ。

そうやって途方もない苦労と焦燥と希望が入り交じった営み、それが生活だと思う。誰かが私の営みを手入れしている。きめ細かい手入れを、丹念に重ね合わされた現実を受け入れる。自分の現実から拡張された現実へアップデートして自分の身体にインストールしたとき、僕の営みであるOSは少しだけ使い勝手がよくなっていく。そんな感じがする。

ミーティング終了後、アップルストア心斎橋へ。仕事で使っているMacの修理。入院決定。たぶん退院は一週間後で、自宅へ届けてくれるとのこと。

さてしばらくどうしよか。