young leaves
diary

いろいろな待つ、待つの多彩

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2013.07.16 晴れ

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=A3GS8yfXYBI]

The Collectors – ザ・バラッド・オブ・ロンサム・ジョージ でスタート。大好きで好きすぎな曲。音も歌詞も。幾重の出来事が本当の記憶と嘘の記憶の間に挟まれて、取り出そうとしたら絡み合って、切なくて、揺れ動き、いつも現実を教えてくれるのにふらりぶらりさらりふわり虚構の遊戯空間へ誘ってくれる。

この間のライブで区切りをつけようとして、ついたつもりがついてなくて、煙草をやめたときのように、気合い入れて句読点を打つより打つか打たないかすらわからなく、胸奥が日常にすっかり溶けて、たわいない言葉への疼きを見失っていくような溶暗があってるのかも

“今日という日は贈りもの (角川文庫)” ナンシー ウッド, フランク ハウエル を読む。ナンシー・ウッドの書籍は “今日は死ぬのにもってこいの日” 以来。積ん読に鎮座していた。

背表紙と目が合った。時機が合ったかな、手に取る。ぱらぱらめくる。読みたい気持ちを確かめる。

一月から十二月までの散文。ネイティブアメリカンの教え。一月の冒頭、「一月に月が通るのは孤独という道」にいきなり唸った。何度も書いてきた「孤独」に抱くイメージ。否定や寂寥のイメージはない。ワクワク、ザワザワ。

毎日はそれに先立つ日々と後に続く日々が組み合う、無限のパズルの一部。恐怖を捨て去ることを学ばなければ、この無限のパズルは解けない。恐怖を捨て去るとき、パズルはぴたりと合う。百万の断片は最終的にはたった一つ —– 経験の旅。独りの旅。

“今日という日は贈りもの (角川文庫)” ナンシー ウッド, フランク ハウエル P.16

ほんのちょっぴり嬉しいような。修辞の感性が合っているかも、どこかで大丈夫と囁いてもらったみたいな。語感のピースが語彙のパズルにはまった。

たった一つ。

渇望している自分。なにかわからないけれど、「たったひとつ」を探究している、したい。

たとえことば遊戯と揶揄されても、「たったひとつ」の語感と五感を響き合えるような方々と出会えるように心身を纏める。

young leaves

*FUJIFILM X-E1 *FUJINON XF35mm f/1.4

少し前、M先生からご連絡を頂戴する。久しぶりのお電話。仕事は半端のまま。こちらからは連絡しなかった。臑に傷を持っているようで、気持ちのしこりがどこかにあった。先生から近況を伺い嬉しくなった。

M先生の連絡を受けて浮かぶ。見えない、聞こえない、(仮想現実で)つながっていない。

一昔前ならあたりまえだった。「待つ」という行為に様々な情感が込められた。待つ、の多彩。昨今、見えなくても、聞こえなくても、見えている、聞こえる、ような気になれる。

仮想現実で目にした、「このつながりは本当に大切か?」の言葉。

肯定も否定もしない。仮想現実はいまや拡張された現実だろうし、それぞれがそれぞれの大切なつながりをそれぞれに保っている。願っている。素敵だ。

ただ、一昔前ならあたりまえだったことがあたりまえでなくなったとき、忘れてしまいそうなコトがあるはずで、その「コト」を疎かにしたくない。

あたりまえを感じられなくなる瞬間、感性はシャットダウン。再起動しない。

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