三井寺
diary

つながりが息をひそめる

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2013.07.30 薄曇り、蒸し暑い

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=OFGgbT_VasI]

Bob Marley – redemption song caustic でスタート。“想像ラジオ” いとう せいこう で登場している。アコギのナンバ。異色、そして遺作。詞が叫んでいる。奴隷の精神から自らを解き放て、自由を取り戻す歌。

サイト制作。途中、コードを思い出せない。あかんやろ、それ。サイト制作以外の比重が少し高まった自分に困惑。何屋なの? 肩書きのない、異端サイズの、名前と電話番号とメールアドレスだけの名刺。裏は琵琶湖。やっていることは羅列できても一言で言い表せない焦りの質感を包む。

歯の定期健診が近づくとできる口内炎。何だろこの癖。今回は二つ。刺激物な珈琲ガブガブ、ひとりSM。

夕方、散歩。ぼんやりの稜線。見ているようで見ていない山。緑。ピーマンな緑、胡瓜グラデーションの緑、そのなかにジャガイモな茶や土にまみれた蓮根的色彩、かと思えば、水栽培レタスらしき鮮やかな緑、ひょっとしたらアボガドかもな色、とかパプリカ系は見当たらない山。

見えているようで見ていない。生理的暗点と自ら作り出している盲点。散歩は視覚を研ぎ直す。

コンクリートを踏むDr.Martens、足が上がらなければつまづきそうな”ズッ”を聞き、高湿度コンクリートを嗅ぎ、山手の公園で音色が変わり、野生の紫陽花のプログラムを確かめる。

雑草の上を躊躇いながら歩き、躊躇わず歩く落葉の上。異なるかすかな感触。擦れる濁音。非運動系の汗はさらり流れず皮膚の粗目にしがみつく。裸足、土、こそばく痛がゆい。

三井寺

*FUJIFILM X-E1 *FUJINON XF35mm f/1.4

書くことが好き。ここの駄文でも書いていたい。でも練習の練習みたいな言葉のための言葉は書きたくない。上滑りの言葉は嫌だ。

もっとうまく書けるようになりたい、もっと。どうしたらいいんだろうってずっと考えている。“書くことについて (小学館文庫)” スティーヴン キング なら、たくさん読めだ。それはキングの解であって私が絞り出した体液じゃない。

まだ言葉のための言葉を書いている。もどかしいね、ほんと。

半径1km以内の出来事から感じることを記述して、地球ぐらいの射程距離で思い巡らす。矛盾しているかもしれない。

言葉をもっと削り沈黙しなければならない。沈黙すればつながりが息をひそめる。

書くために沈黙して自分の気持ちと対峙する。同時に、つながりが息をひそめる恐怖と向き合う。

今日も忘れず1,2分ほどの”習慣”をクリア。この習慣は絶対に忘れたくない。もう自分の中で何かの礎になりつつある。

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