flower yellow
diary

化石を堆積している広大な心の地層

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2013.08.12 晴れ 凸 2013.08.13 晴れ 凹

笹川美和 – 笑い でスタート。泣き笑い。「他には愛を学べば良い 悲しみなど学ばずと良い お前の涙あたしが受けよ あたしの笑みをお前に与えよ」の歌詞。自分をどうにかできる私とどうにもできない他者には逕庭があり、そこへこの歌詞を敷き詰めて待つ。いますぐ持ち帰ってもらわなくても、いつか拾ってもらえたらと想いながら待つ。

08/12 朝一番に入力を終了してデータ送信。郵便局へ立ち寄って散歩。神社まで歩いてお願い事。はやく治りますように。

自分のことはお願いしないのに、他者のことをお願いする矛盾。矛盾をそのままにしておける鈍さとそのままにしておけない素直が折り重なって心の地層をつくる。

成熟した人とは、色彩豊かな化石を堆積している広大な心の地層を持っている人だ。きっとそうだと思う。

神社には境界がある。皮膚感覚にすぎないが、大小の木立は明確な意志を持って辺りの人工音と鎮守の静寂を仕切っているかのよう。

昼下がりの灼熱のお参り。ポケットに手をやり停止ボタンを押してイヤホンをはずす。誰もいない参道を踏む。足と砂利のサウンド。光と影。見惚れていた。緑樹は分け隔てなく光を通して影を象る。来る光は拒まず去る影は追わず。

以前は拒まず追わずであったのに、喪失の恐怖は拒まず追わずの質朴を毀す。失うことの怖さによって綻ぶ。もう一度身につけるまで少し時間がかかるだろう。

靴を脱いだ。伝導されるちょっぴりの熱が、抱えていた熱情と等価交換されるみたい。共同幻想からの覚醒。

「不思議な静けさに満ちていて、それでいて開かれている」ような境界。そんな人になりたい。役割を終える時機を間違えたくない。古来、人間は引き際が大切という。

flower yellow

*FUJIFILM X-E1 *FUJINON XF35mm f/1.4

08/13 第三十八候、寒蝉鳴。夏の終わりに鳴くと思われるいる蜩。さにあらずらしい。薄暮の時間の演奏。

旬の魚ははまち。関東ではいなだというらしい。呼び名の違い。豚肉の入っている中華まんを豚まんとよび、肉まんと言わないみたいな。

書店へ行き、“身体のいいなり (朝日文庫)” 内澤旬子 を購入。“世界屠畜紀行 THE WORLD’S SLAUGHTERHOUSE TOUR (角川文庫)” 内澤 旬子 で知り、これも読みたかった。

「乳癌と診断されてから、なぜか心身とも健やかになっていった自らの闘病体験」を、Twitterで著者ご本人が

とおっしゃるしなやかさ。女性が自身の身体を通して見る立脚点か気になった。

頭の中が渦巻いた、って例のライタの方がさえずっていらっしゃった。ブログ界隈で話題中の記事を読んだと。私も読んだ。同、文才に嫉妬した。あの二人の文才は怖い。なんであんなおもしろく味のある文章を書けるの。まったくわからない。うわぁぁぁぁってなった。

羨ましくてしょうがない文章を書く人が、別の人の文才を羨み、嫉妬のリレーが可笑しくて、その方と同じく落ち込んで、こんな文章でも屋号で検索してアクセスしてくれる人へありがとうを言って、自分のために書いているのに、検索してくださる方がひとりでもいるっていう事実に嬉しくて、嬉しいのに奇を衒ったり笑ってもらおうっていうサービス精神があんまりない私の精神構造は致命的と開き直り、完璧に開き直れていないのはひょっとしてほんのわずかでも何か期待されていることってあるんだろうかとちょっぴり思い浮かべるあたりに見え隠れて、どうよこの性悪なツンデレと今日も顔が見える世界と顔が見えない世界の緩衝地帯で自慰している。

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