diary

もっとも遠くにあるあたりまえ

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2013.08.19 晴れ

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=BKwQ8Vunj9Y]

ORIGINAL LOVE – フィエスタ でスタート。『風の歌を聴け』の中でお気に入りにナンバ。リンク先はオリジナルじゃないけど、「花びらよ 彼方の 友達に届け」が、突き抜けるいま。無力でもあがき続けられる気力はまだ残っている、ちゃんと。

大阪は大津よりギア一つ分暑い。ギア一つ分のトルクが暑さを加速。アイスクリームの気持ちがわかってしまいそうだ。溶けそうだ。2,3個の脳細胞は溶けた。そこかしこにあるたこ焼き屋さんが眩しい。タオルを首に巻いてクルクル回す彼女、タオルを頭に巻いて反復横跳びソースの彼、あぁ、麦酒とデートしていか焼きほぉばりたい、姿焼きではありません、い・か・焼・き。

ミーティングの定刻より少し早めに到着したので公園で影と戯れる。生暖かい微風。メールあり。読む、何度も読む、読む。

ミーティングを終えて、脳細胞が6個溶けたと確信できる街中。大阪駅へ。サウナと思えば脳と身体の新陳代謝は促進されるだろう。言い聞かせる。新快速に乗ってメールを読み返す。返信を書く。

赤貧の返信。書いた文字列と言いたいことはいつまでたっても手をつなげない。

琵琶湖

時を恐れないでほしい
できたら
からだの枯れるときは
魂の実るとき
時計では刻めない時間を生きて
目に見えぬものを信じて
情報の渦巻く海から
ひとしずくの知恵をすくい取り
猫のようにくつろいで

“自選 谷川俊太郎詩集 (岩波文庫)” 谷川 俊太郎 P.375 『できたら』

くつろげないかもしれない。目に見えないものを、目に見える形、聴こえる形で、受けとめる性。心性、感受性を纏っていらっしゃって、誰も踏み入れられない無形を心の中で描いていらっしゃると想像する。

ゆえに数多の刺激が心身を休ませない(かもしれない)。合間を作っても、鋭すぎる感性が、何かを書き込んでしまう。すべて勝手な想像だけど。

身なりをつくろい整え、身の回りをきれいにするって素晴らしい。身の回り、という営みはもっともあたりまえのことなのに、もっとも遠くにある所作だって思う。そのもっとも遠い所作と、いかなる事由があれど向き合っている。尊敬する。

理想の聖なる姿を気儘に描いているわけじゃない。尊敬する人に建前と美辞麗句を献上するような狡知は残念ながら持ち合わせていない。これからも知るかもしれないことに応える心構えをつくる。不愉快なことがあればちゃんと伝える。

「そんな状態」が続いても、私はここにいる。

無策と無力の言葉、何も言えなくて悔しがりながら、持てる語彙を尽くして応える。それでもいる。

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