diary

“自分ごと”の射程距離

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2013.09.01 雨時々曇 時折強風

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=ZmORcOP715I]

Mountain Mocha Kilimanjaro – Don’t Touch, Just Watch Me でスタート。大好きやわ。スライやらファンク系が大好きだから、このナンバは自分的にはそこへ遡っていけそうで、脳髄が陶酔。

土曜日、日曜日と午前中は仕事。午後からは読書や調べ物など。平日はせわしない、茫々と時間を失っていくので、まとめや気になっていることは週末にかためて事あたるときも。

TwitterのリストやRSS、関連サイトを回る。素人へかみ砕いてセットしてくださるtweetなので、とてもありがたい。RTやリンク先のサイト、関連サイトは英語が混じっているから、目を通すのがきつい。わからん。ウェブ制作系のページはおおざっぱに読めても、それ以外は皆目。

9年ほど前に遭遇したあるブログのおかげだ(師匠と勝手に思っている)。学ぶことをブログから教わっている。出来事を確かめる。何が起きているのか。追いかけ続ける一方で、師匠ほど多方面に関心を持てない、追いかける気持ちを維持できないことのほうがはるかに多い。

関心を持てない自身へじれったがる時間はもう残されていない。自分が「しなければならない」と感じた事柄を追いかける。

『被災地の今を知っていますか?』を視聴した。冒頭、釜石からの中継。先生がおっしゃった「想定にとらわれるな」が現地と重なって刻み込まれた。先生の隣で話してくださった女子高校生(当時中学生)に未来を強く期待した。旅館経営の女将さん(中継)と宮城県の方(スタジオ)の会話を見入った。記憶しなければならないと思った。

“福島軍団”って言われた、とつぶやく女の子。親として子供を守りたい、とのお母さん。

ぐらぐら揺さぶられるけれど、揺さぶられるのは後からでいいと言い聞かせて凝視した。時間がかかることとすぐできること。待ちきれない人々がいる現実。「もうどうしていいかわからん」。

関西では報道が減っている(と思う)。阪神淡路大震災のときは、と振り返りながら、河北新報と福島民報、Twitterなどに目を通したとしても、もっともっと「ある」んだろうなぁと思う。

もっと知りたい。自らも知りますから、これからもお願いします。

果てない思いと尽きない考えがぱんぱんに詰められて出演なさり、制作していらっしゃると想像する。制作への思いの丈を上回る悩みに囚われたとしても、「いま」と「これから」を率直に放送してほしい。うまくいえないな。

Facebookを使う人なら誰もが使ったことのある”いいね!”ボタン。クリック一つで共感を示すことは簡単ですが、本当にその課題について”自分ごと”として向き合っているのか、ハッとさせられますね。

「いいね!」で人は救えない。もう一歩先のアクションを啓発するソーシャルキャンペーン | greenz.jp グリーンズ

何もできない私と何かしたい私の間にある”自分ごと”の感覚。

“自分ごと”の射程距離をのばす。ある事柄へ目を向ける。小さくて細い糸。その糸を発見して手元へたぐり寄せる。すぐに見つからない、すぐにたぐり寄せられない。師匠のブログを読み続けて、そう感じる。

糸をたどって関わって係わるために手足を動かす。

どれだけ書いても、”自分ごと”を表現できない。言い表す事柄ではないかもしれない。でも銘記する。

被災地を知り、たぐり寄せられる小さくて細い糸を探す。たぐり寄せる行為に自分を満足させるんじゃなくて、誰かへできることを整えて行う。

フリーランスになって痛切にわかった。続けることの難しさ。続けることはほんとにほんとうに難しい。この仕事は続けられないけれど、被災地を知り続けて、できることを少しずつやり続ける。被災地の方々から食べ物を買うのに加えてまだできることがある。

続けるために、知らなければならない。触れなければならない。もっと知りたい、教えてほしい。先生がおっしゃっていた二つめの「風化」を私は知り続けたい。

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