diary

想いの更衣

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2013.09.07 08 ずいぶん涼しくなった

P!nk – Fkin’ Perfect でスタート。「You’re f*ckin’ perfect to me!」のFkin’は想いのマグマ。内部であらゆるものを溶かす。「私にとってあなたは完璧」の「完璧」は辞書の意味ではなく、自分で編んだ言葉の意味だとしたら、誰かにとって綻びだらけでも「完璧」って言えるユニークな情感を包容する。

二十四節気、白露。太陽の黄経が165度。第四十三候、草露白。春から夏にまたがって積み重ねた想いが、木々の葉や草花へ降りていく。冷やしたものは何かわからないけれど、電子顕微鏡ぐらいの視力があれば、露の表面に己の心情が投影されているのが見えそう。

旬は秋刀魚。生き急ぐ営みと歩調を合わせて二度食した。脂がのっておらず腹との相性がちょうどよかった。胃袋においしくおさまる按排。それもいつまでかとも思う。50年後、100年後の海。

ことばをたくさん持っているから情景を豊かに認識する? わからない。笑うから楽しいのか、楽しいから笑うのか。科学は前者を証明しようとしている。ことばそのものが醸し出す気配やことばそのものが伝わる感触は、ことばと認識に連関しているようで、片やそう認めたくない気持ちが加齢の染みのように心にはりつく。

表現の陰影をつけたくてことばを探す。いつしか世界を素直に直感できず、言葉が先に立つ。言葉に囚われる。感性を心の裏側へ置き忘れる。取りに戻る道筋が記憶から消え、衰えた感性をことばへ転化して補修するが、感性を伴侶にできなかった言葉は語感へ熟成しない。

土曜日にアルバイトの資料を受け取り、夜から入力開始。日曜日は終日。黙々と入力して肩と腰がキュウキュウ鳴いている。頭、足の指、手の指、肩と腰。喉(もしくは食道?)から肺あたりへの違和感、乾いた咳。あげればきりがない個々のパーツが綻びはじめても「全体」が誤魔化して体躯を駆動させて、少しでも急ぐ。はやく空っぽにしたいらしい。

辞書の意味から少し距離を置いた自分だけの言葉がある。たとえば私なら「最適」だ。最適を使う時、辞書の意味とはやや異なる意味を込めて使う。伝わるかどうかではなく、語感への思い入れみたいなものかな。

もう一つ。辞書の意味からずらして使いたいけれど、まだ自分だけの言葉にほぐしきれない単語がある。文脈のなかにはめ込めない、使うと、その単語の意味は奇形を象ってしまい、伝わる伝わらないの階層にすら降り立たなくなる。いま使うとしたら「冷静」か。

冷静になってきた。そう書くと、落ち着いてきたようであり、そうではない。冷めてきた、と言えば気持ちを抉りすぎてる。

熱情を抱擁していた服装が透明から色彩を帯びたものに変わりつつあるような冷たさ。

冷めていく、醒めていく、褪める想いの更衣。それを冷静や冷たい、冷徹と言い表したい欲望と、それだとまだ自分の身体が表現を追い越せない余裕のなさが露呈する躊躇い、との駆け引き。

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