diary

感情の種類の多さ

Leave a comment

2013.09.14. 15 強雨

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=48B21USLllU]

Jabberloop – Ugetsu でスタート。好きなインスト。And Infinite Jazz に収録されていて、MISSING MY BIRD も好き。どんな気持ちのときにインスト聴きたくなる?

第四十四候、鶺鴒鳴。旬の魚は間八。好物中の好物。天然の刺身のこりこりは別格として、かまの塩焼きに垂涎である。

週末、仕事と読書のコイントスしていたら歩き方を忘れそうになった。いままでやったことない制作を始めると、躍起になる。新しいことがインストールされていく感覚がいつもある。楽しいかどうかは判然としない。楽しいと感じられるほど夢中になっていないからだと思う。

仕事に対するスタンスは「顧客の顧客」を考える。顧客は歯科医院の先生方。(医療にこの表現は不適切と承知して)顧客の顧客は来院者。来院者の言動を考えて自分が支援できる範囲内で院内を設計する。それしか考えていない。

仕事と生活を峻別できない一方で仕事に一辺倒になれない。中途半端である。その自分を認めたうえで、仕事 ⊂ 生にある各事象を自分なりに構造化して、かかせない大切なコトやモノを構造関係から抽出する。先人の思考を剽窃して、抽出した現象を自分で何とか記述する行為が、自分にとって「仕事」だと思う。誰かにフィーを請求するわけでないから仕事のラベルを貼らないけれど。

そんな「仕事」を勝手に続けていると、感情の種類の多さが感じられる。「感情の種類の多さ」はヤマザキ マリさんの言葉。耳にしたとき即反応した。的確な言い回し。これだ、って感じた。感情の種類の多さ。

感情の種類をどれだけ多くもてるかが生きること。ふと浮かんだフレーズ。これを口にするとしたら、恥ずかしくて衒いがある。斜に構えるし、まだまだ、なんだろ、真顔で真剣に言えない。油の上をぬるぬる歩いて滑るような感覚。でも、そう思う。

激しい想いを持てることは素敵。感情の種類の多さの一つ。齢を重ねて想いがますます激しくなれるなら、自分を楽しませる自分に磨きがかかる。反動はある。自分が見えない色を見る人に出会えば、人は怯える。自分が感じられないコトやモノを感じる人への「複雑な反応」もまた感情の一つ。

言葉は感情の種類の多さに追いつかない。否、ずっと追いつけない。感情の種類の多さを誰かに言い表したくて、あるいは自分自身に伝えたくて先人は悶えてきた。先人が言葉以外の表現を発見してきた。

「自分にしか」の感性は独我の陥穽が待っているけれど、陥穽に怯える嗅覚を鍛えたら、「自分にしか」の感性は、他者への境界線と自身の輪郭線を描きながら研ぎ澄まされていくんじゃないかな。

竹内栖鳳 はあらゆる流派に顔を出して先人を真似た。他人はどこに所属しているか皆目見当のつかない氏の技巧を鵺派と揶揄した。氏が残した言葉。

鵺派であることを改めようと思わぬ。それが熟して初めて一つの機軸となるのであって鵺派から入るのがかえっていいと思う

It\'s only fair to share...Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on Tumblr
Tumblr
Pin on Pinterest
Pinterest
Share on Facebook
Facebook

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。