diary

立入禁止区域に言葉を捨てていく

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2013.09.28 晴れ

[youtube:https://www.youtube.com/watch?v=Y1syIQ2aBM4]

bird – 9月の想い でスタート。ベッタベタですがついつい聴いてます。何回訪れるかわからない9月、歳を重ねて一日の早さに麻痺し、反して月の濃密さに驚き、年の刻みに怯み、無数の情感が日めくりごよみ。

第四十七候、蟄虫坏戸。虫は冬ごもりの支度。人間界のファッションショーよりは無駄に早くないけれど、自然のスリップストリームに入るような虫の季節時計。啓蟄までの隠れた沈黙。

旬の魚は鯖。いまは真鯖が旬とのこと。胡麻鯖もあわせて好物のひとつ。子供の時からバッテラが好き。貧しかったのに寿司を買ったると言われてバッテラを選ぶ姿を笑っていた親の顔がぼんやり。里芋がちらほら。これもまた好物。素揚げもあり煮物あり、ぬる燗といっしょにホクホクな何気なさが日々の輪郭をくっきりさせる。

昼前に出発して神戸へ。13:30前に到着、いつものパン屋でハード系のパンを買って青空ランチ。14:00からO先生と打ち合わせ。院内LANが安定して喜んでおられるご様子でなにより。何度も足を運んで苦労した甲斐があった。院内のインフラの一端を担えて光栄である。

17:00終了。3時間休憩なしのみっちり。サイトの設計やコンテンツの内容を再考。それから症例を拝見して鮮烈な印象が残る。症例を掲載するか否かの判断は私に委ねられる。先生の基準は、私が見て「わかる」もの。「百聞は一見にしかず」すら霞んでしまうような症例。

“一日の終わりの詩集” 長田 弘 にある「おためごかしの親切と深切はいっかなちがうのである」の一文を目にして、JRの車内放送をマジメに聞いてみると、おためごかしの親切に聞こえた。私への親切のようで、実は自分たちの責任を最小限にしたい叫びかもね。必要最大限の声と必要最小限の責任。黙ればもう少し心地よい移動空間になるのにとても残念だ。

半径1kmの散歩は立入禁止の展覧会。見えなければわからない。目立つ箇所に派手な文字を掲げる不粋は、「見える」ものしか見なくなる。

心の立入禁止区域は目印を持っていない。見えない。見えないものはないものとして扱われる。ゼロに近い想像力は心の立入禁止区域に言葉を捨てていく。自転車のかごに飲み干したペットボトルやお菓子の袋をほかすように。

私も誰かの立入禁止区域に踏み込んでいる。

景観を毀してでも柵を作る。ここまでやってるんだから私達に責任はありませんよを訴えるような人工物をつくる。

心に作られないから、心にある陰鬱を外側の世界へ投影させたみたいだ。

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