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diary

始まりと終わりはにやり

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2013.10.31 曇

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=aHhre_DI73o]

Imany – Shape Of A Broken Heart でスタート。3度目ですか、リンクは。You Will Never Know をラジオで知ってからすっかりお気に入り。アルバムをリピート。 I try to understand who I am が耳に入ってきてドキリとしたり、Rie Fu の Nobody knows who I really am とダブった。

10月も終わり。41歳の10月は何をしたか定かにできないまま終わり、と書いたら大仰であり、この手の書き方をうまーく修辞しちゃう書き手はいらっしゃる。羨ましい。3万日分の1日が終わったと書いたら大袈裟。

一日を丁寧に大切に過ごす、のは気の持ちよう。「我が儘」って透明色の服を着てるし、案外気に入ってるから、そんな風に過ごしたいなら服を脱がなくちゃいけなさそうで、だったら気の持ちようってことした。

この一、二年かな、一日の始まりと終わりを気にかけるようになった。自分をニヤリさせるべく始まって終わろうと練習中。始まりは寝ぼけてるから忘れているほうが多い。終わりはなるべくなるべく七日のうち六日は、にんまりして終われるように欲ばったろかって意気込み、意気込みね。

後悔は記憶を刻む彫刻刀であり、自身を削り落としてしまうときもある。

削り落としたらあかん箇所を自分ではわかっているようでわかってなくて、わかってなくてわかるようで、削ったら削ったらでなるようになる。

興福寺木造十二神将立像の手に血管を彫ることで強烈なリアルを生み出すみたいに、進化のために自身を絶妙な加減で削れるような後悔をできるようになりたい。

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*FUJIFILM X-E1 *FUJINON XF35mm f/1.4

第五十三候、霎時施。日本海と太平洋の空色がきのこの山とたけのこの里みたいに分かれる季節。同じ空でも色合い模様は異なる。

旬の野菜は薩摩芋。戦争の時には芋しか食べられなかったと耳にして、時を経て「芋しか」から「芋が」へ変わる語感と食感に変わった時世、落とした財布やスマートフォンがかなりの確率で何処かへ届けられて保管され、電車の中でウトウトでき、鞄を置いたまま席を外せる空間、どんなカタチであれ私はありがたい。誰かが勇ましく声高に異を唱えようと、ボケてると言われようとありがたい。

看過できない主張が跋扈しているのは事実。それらを断固拒絶する。理解しようなんて到底思わない主張はまだまだたくさんある。

好きな音楽を聴いて、読みたい本を読めて、頭の中のことを仮想空間にそこそこ書けて、さずえりとIGをタップして親指ふりふりして、ポストなければ思い巡らせて、あとは文章をうまく書けるようになるにはとひたらすら悶えられるって、言わずもがなです。

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