diary

今年の冬は

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2013.11.25 曇のち雨

[youtube:https://www.youtube.com/watch?v=DczkHPFbrCE]

ゆず – いつか でスタート。冬が始まる頃にリクエストが増える曲だとか。遠くの友を思った歌だとか。しっかり聴いたことはなかったけど、今年はよく耳にしたからか、心の炬燵にきちんと入り込んでほっこりしてる曲。

「月と恋は満ちれば欠ける」

乙と粋。ポルトガルの諺らしいが詳しく知らない。謂れは何だろう。満ちる、欠ける、ものやこと、精神。

何度か書いた話。8,9年前、桜の木を見ていた。琵琶湖疎水の出発点にある端麗な姿容。そちらの方へ散歩すれば立ち寄ってしばらく見つめる。ここから山の手の三井寺へ向かえば桜の木々がある。春は疎水沿いを淡紅色に染める。それらの木々から少し離れて独りで咲かせる。一本で佇んでいたから惹かれた。

ある日、散歩の途中で立ち寄っていつものように見つめていたら強い違和感。奇妙な感覚。

主客が突然変異した。

「私が桜の木を見る」から「桜の木が私を見ている」へ。反転。いまでも言葉にできない鮮明な質感が身体を刺し、心中から時間の単位をくりぬいた。

至極の事実を精確に認識した。この桜の木は私が生まれる前からここにいて、私がいなくなった後もここにいる。この事実を認識したときから自分の時間感覚が変容した。

文字に出力したら主語が変わったにすぎない。けだし頭の理解である。

身体は理解しない。感じるのみ。「桜の木が私を見ている」が風月も同様に感じさせるようになった。悠久の入口へ立てたような錯覚。

これも何度か書いた。自分は命を二度救われている。記憶に残らなかった体験と記憶に残った反転が溶け合って「時間」の感覚が更新された。

( かきです。わたしがこどものころはたねがありました。いまはたねなしもあります。たねをくちからぴゅっとだすのがすきでいまでもたねがあるほうをこのんでいます。おおむかしはしぶいかきばっかりだったそうです。とつぜんあまいかきがうまれたとか。 )

富有柿

( たくさんのおちばです。おちばがだいすきです。じゅうたんみたいでしょ。いまのときだけみられます。どんなじゅうたんよりもぜいたくだよっておもってさんぽしています。かさかさとおとがなるの。 )

落葉の絨毯

二十四節気、小雪。太陽の黄経は240度。はっきり寒さが感じられても本格的な寒さはこれから。第五十八候、虹蔵不見。力強い陽射しはなりをひそめ、柔らかく影を伸ばすしなやかな光が舞台へ躍り出る。

晴天の日は減り、一日の中で晴れと曇がせわしなく行き交う。旬の魚は喜知次。キンキの名で売られる。こちらではあまり見かけないような印象だけど大好物。煮つけと辛口のぬる燗があれば極上の時。一度、お造りを食べてみたい。

頭に浮かぶ文章はすべて駄文。足りないのは駄文を書く平常心。

もっともっと。

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