早尾神社
diary

黙考が招く恐怖と熱情が生む歓喜

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2013.11.29 晴れ

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=97zLUn0iKAI]

中納良恵 + ASA-CHANG – 北風小僧の寒太郎 でスタート。冬が好き。凜と隙の空気。情景の色彩は少しずつ薄くなり、寂寥に潜む力強さをどこでいつ発見できるか楽しみ。

5時すぎに起きる。寒い。布団離脱の難易度が高い。今朝の関西はここ最近では一番の冷え込みとのこと。大阪では11月の初雪。24年ぶり。24年前も11月29日、奇遇。

太陽は出勤の準備もしてなさそうな気配の暗さ。

楕円を描かない彗星がやってきてるときぐらい法則を破って、「今朝は早出しました」って日の出しないかしらとぶるぶる、エスプレッソ用に焙煎された甘い香りの豆を野菜室から取り出し、2杯掬ってミルへカラカラ落としたら左手でぐるぐる回して人工の音だけの空間に珈琲と白湯の分の湯気が立つ。

「自分のことをわからないんだから他者を理解できないんだけど」と書いての違和感。「理解」はできる(かも)。理解は私の側にあるから。

精一杯の想像がもたらしてくれる理解。たとえ理解の基準が自分の観測にあって、自分の情感と道理との対比から形づくられたとしても、想像がもたらしてくれる理解はある。

一方で妄想する。ひとが他者を完璧に「わかる」能力を身につけていたら想像力という代え難い能力を喪失していたかもしれないって。

他人の作品の一部を己の作品へ引用したり盗作と揶揄されても、蠱惑的な言葉と激烈な映像の世界を描いた怪物は「どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう」と言った。

気持ちや心を「わかる」とたやすく使いたくない。「わかる」をついつい発話するが、発話に緊張していたら何も伝えられなくなる。

黙考が招く恐怖と熱情が生む歓喜を両極に抱える。慎重と大胆を混ぜない。両方を対極に置いて共存させる。

( まつぼっくりです。きからじめんにおちたらかさがひらきます。こんなかたちになるんです。ははがひろってきたみたいです。”じっか”にはうえきがたっくさんあります。うえきや、じかうえのきとずっとしゃべっていてもあきないらしいです。 )

まつぼっくり

屋久島の森は花崗岩の上に黒土が堆積されてできたんだって。1400万年。簡単に壊せる能力を持った愚昧が地上にいる。

膨大な年月をかけて創造する事物に対して破壊は一瞬。

いまの為政者はじっくり物事をつくりあげて次へ引き継いでもらう知性より、一瞬で破壊できる暗愚を選んだみたいだ。破壊の時間単位は短くて速い。

11月にクリスマスとお正月をいっしょに陳列して、正月に冬の見切り品を販売して、それが終わればチョコレートを販売する「速度」を歓迎する感覚が選び出した鵺を退治したい。

破壊は耳目を引く。創造は静かに淡々と進む。まるで”それ”がはじめからあったかのような心地よさを与えてくれ、滋味深い味わいを醸すものづくりは、ゆっくりなんだ。

ある日、突然、桜の花が満開になるわけじゃない。でも満開になるぐらいにようやく認識するのだとしたら、その自分の感覚を補修するのが先だろうと思う。

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