琵琶湖
diary

感情の肩こり

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2014.02.06 曇り

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=o3uPWdOmJd8]

HIS – 夜空の誓い でスタート。大好きな曲。以前、UA × 甲本ヒロトを貼った。静かな夜の万有引力は数億の雫の一筋を頬につくる。

如月。ひとつあがる。比叡山は雪化粧。日の出は6時台へ。ひとつの寒は冬の頁をめくり、ひとつの温は春めく。

SWITCHインタビュー 達人達(たち)「三池崇史×操上和美」 を視る。冒頭、操上和美さんが Leica で三池崇史さんを撮る。2枚。巻き上げの仕草に奇声をあげてしまった。逆立つ毛。皮膚がプツプツしはじめた。一瞬で。

何十回、そのシーンを巻き戻す。先へ進めない。「PORTRAIT」を買わなければならないのに手に入らない。

ようやく進んだのに、キース・リチャーズの portrait のシーンを一時停止。自分が静止画になったような時空でじっと見る。キース・リチャーズ曰く「こんな(自分の顔の)写真ははじめてだ」とか。7枚印刷して配った。

私もはじめて。こんな portrait ははじめて。プツプツがおさまらない。

女性は反射するんですね光を、美しく。男は光をふっと吸収する。(操上和美氏)

人を撮影しない私、撮りたいとはじめて思った。言語は世界を不安定にするなら言葉は写真に失礼である。言は無、感は無限。

書店で “言葉をおぼえるしくみ: 母語から外国語まで (ちくま学芸文庫)” 今井 むつみ, 針生 悦子 を購入。“ことばと思考 (岩波新書)” 今井 むつみ に目から鱗が落ちた。爾来、先生の著作を読む。言語の認知と哲学はずっと勉強したい。が、テーマが見つけられない。テーマを見つける「仕方」がわからない。それが問題。さらに読書は勉強ではない。問題を設定して調べて理解するサイクルをつくる。これが勉強じゃないかしら。まだ勉強のスタートラインで準備運動中かな。

( くつしたです。あかいくつしたはくつしたのうえにはくくつしたです。おおきいくつしたさん。はじめてはいたくつしたはどんなのですか? ぐるぐるおもいうかべてます。 )

靴下

褒めるのがむずかしいと現場でちょいちょい相談される。叱るほうがむずかしいと返答する。長所と短所は見方でかわる。見方でかわるから規準にできない。「誰が見ても」のフレーズには眉に唾をつけている。(私から見た)短所を指摘しない。長所を叱る。だから難しい。

褒めると指摘される。褒めているつもりはない。感想を述べている。自分にない発想や視点にふれたとき、「ない」ことがわかる瞬間。瞬間は人に向き合う醍醐味。

褒めているならば、たぶん一人で仕事しているからだ。

チームには感情がある。長ければ長いほどチームのなかで感情は涵養される。感情はこる。肩こりのようになる。ほぐすのに一苦労だと思う。

ひょっとするとほぐれない感情のこりもあるかもしれない。

自ら感情のこりをほぐしたい。自分で自分の肩を揉むより誰かに揉んでもらったほうが無限大に気持ちよいように、自分の感情を自らほぐすのはたやすくない。

感情のこりをほぐしてもらえる人がいたら幸運なんだろう、きっと。

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