雪の琵琶湖
diary

慮るピースはどこにも落ちていない

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2014.02.14 雪

[youtube:http://www.youtube.com/watch?v=oVMmH_pWfr8]

奇妙礼太郎トラベルスイング楽団 – シャンゼリゼ でスタート。TL経由でこの映像を見て奇妙くんをはじめて知った。あの衝撃を忘れない。一瞬で声に魅了されて、YouTubeをはしご、一気にライブへと。CDにサインもらえてウキウキで。

寝ているときと立っているとき、身長は伸縮する。0.1cmほどの誤差。重力。NASAはこの事実を知らずに宇宙服を設計した。無重力空間にいる飛行士は閉口したらしい。だって5cmも伸びたんだから。

知識はジグソーパズルのピース。一枚一枚はバラバラ。それ自体は使えない。知識をつなぎ合わせたら経験になる。体験は知識のピースとピースをリンクする。

でもジグソーパズルと違う。本物のピースの形は決まっている。つなげられるピースは予定調和の世界。

知識の形は変わる。まったくつながっていない知識のピースが、突然、形を変えて組み合わさる。それが発想じゃないかしら。

数も揃っていない。無数のピース。箱の中にないピースを発見し、箱(=頭の中)にあるピースを捨てる。

ーーそれが視点かも

独りごちてみたり。

世間を騒がす出来事が起きる。ネットやメディアのせいだと云う。ネットが普及したから、あふれる情報、マスメディアの報じ方…..いろいろ。それらの「せいにする」ことがもっともな物言いであるかのよう。一因ではある。

「外の世界」をコントロールしたい衝動。

ーー「内の世界」はどうなってるの?

また独りごちてみたり。

知識のピースを集める。増える。わかる、と言う。ピースが増えるにつれ、即答は増える。

( びわこにゆきがふりました。はじめたみたびわこのひょうじょうです。わたしのすむばしょではではひさしぶりのおおゆきです。そちらとはくらべものにならないとおもいますが、ゆきのたいへんさをほんのわずかですがりかいできました。 )

雪の琵琶湖

知識が増えることを喜ぶか、知識と知識をつなげられないことに不安か、どちらへウィンカーを出すだろう。私は不安へ指し示すかな。

そしてどこにも落ちていないピース。

知識のピースをたくさん抱えて歩けたとしても、他者を慮るピースはどこにもない。落ちていない。

先日、小さな頃の記憶の抽斗がいきなり開いた。何の拍子かわからない。公園の砂場で友達と遊んでいた。左右にわかれてトンネルを掘った。掘って掘り続ける。奇妙なほどリアルな感覚が手によみがえる。砂の感触。

模造記憶かもしれない。

掘る。つながる。わかるのは友達の手に触れたとき。あの感覚が、「わかり合える」かもしれない。いまの私の理解。

そのために言葉と他者への慮りを掘り続ける。それは内側にある。

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