diary

あったことがのこる

Leave a comment

2014.08.03 曇り時々雨

Fishmans – いかれたBaby でスタート。ほんと好き、好き、好き。好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび みたいに狂気のなかに宿る狂気にジャンプしたいのに正常のなかにある狂気からエスケープできない二人称が存在しているから好き。

温度より湿度がさがってほしい距離感がありそうな修辞はさておき湿度にめっぽう弱い。自室の扇風機が叱咤激励してくれている。が、昼過ぎからはスライムに化ける。体はエアコンを嫌がる。難儀である、きままだ。

第三十六候、大雨時行。自然を認識していても集中豪雨の被害を目にすると痛ましい。同時に自分にも気を引き締める。他方、夕立ぐらいなら仕事が増える方もいらっしゃるようで天気の妙がある。近ごろのタクシーの運転手さんは、アメッシュを使って夕立がきそうな地域の駅へ先回りして待っているらしい。技術と環境の進化に人は適応するですよね、ほんと。

無類のトマト好き。「愛の林檎」「黄金の林檎」とよばれ、「狼の桃」を意味するラテン語が由来とも。子供のころ、夏休みは毎日1個食べていたかも。とにかくトマトを食べた記憶は鮮明に残っている。あと素麺、こちらも無類に分類される。

Miles Davis と THE COLLECTORSの新譜を行ったり来たり。新譜がすごくよくて、歌詞をまるごと詩作に使いたいぐらい。どうしてそんなふうに書けるのリーダ、ってうらやみます全身全霊で。

リーダの詩は直截な言い回しが控え目で、遠回りした言い回しが素敵で、何度も何度も聴くと、その時々で受け止め方が万華鏡になる。直截は単一を迫ってきそうで私は苦手。どこかあいまいなほうが好み。

( びわこです。いっかげつまえのしゃしんです。あおよりもはいいろのひがおおく、うみよりもひょうじょうがすくないかもしれません。でも、とてもあおいひがあるんです。こういうときのびわこはかっこよいんですよ )

琵琶湖

われわれは未来のことを考えると、心が乱れ、不安になるが、起源のことを考えると心が安らぐからである。しかし、そうした自己同一性の発見はわれわれを裏切ることになる。

明るい部屋―写真についての覚書 P.130

前後の文脈から切り離した引用は意味を不明にするが、切り離してもドキっとするぐらい過去と未来の自己同一性を言いあらわしていると思った。同一を前提に私はいることへの懐疑。私が私であるゆえを問いかけてくれる。

写真論のなかに差し込まれているからことさら奇異に感じる。

「あった」ことを証明する写真のなかにいる私。それを眺める私は、同じ私であるか否か。写真へ怖さを感じなかった。いままで一度もない。でも、明るい部屋を読んでから、恐怖を頭にすこしだけ置いておいた。

「あった」ことが残る。それ自体は尊くても、「あった」が残ることへの責務が撮る側にある。

草花や風景、建物を撮影するだけに、責務なんて言ったらおおげさの度を越しているけれど、「あった」という事実への敬意を払わなければいけない。強烈に迫ってきた。

It\'s only fair to share...Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on Tumblr
Tumblr
Pin on Pinterest
Pinterest
Share on Facebook
Facebook

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。