琵琶湖

終わりのない油絵

琵琶湖へ。夏場は撮影へ行かない。悪臭。湖面に近寄ってたしかめる。わずかにただよう臭い。湖岸には死んだコカナダモ。

メープルシロップを飲むために4枚切りをほおばる。半年前までシングルモルトはニート。チョコレートで甘みをたす。飲まなくなってやっと半年。まだ口にしたくなる。とつぜんやってくる。

体重計にのる。3ヶ月ぶり。56.3kg、体脂肪率10.8%、BMI20.1。かわるがわる点滅する値。1年で1.5kg増えた。54kgまで減らしたい。脂肪と意思の疎通をはかろうとしたがむげに断られる。減らない2kg。いつからかつづく胃の鈍痛がたべる量を減らしているはずであっても、脂肪が筋肉にナイフをぴたりとあて、私のかわりにコイツを減らせと脅迫しているみたい。

No Country for Old Men の Anton Chigurh を演じた Javier Bardem にあらがえない悪がもたらすおだやかな恐怖を感じて原作『血と暴力の国』を手にした。短く乾いた文体と括弧のない台詞はとまどわせ紙をめくらせようとしない。心理描写がほとんどない映像的な文章。

朝、『ザ・ロード』(ハヤカワepi文庫)を書架からとりだす。夜、読み終わった。『血と暴力の国』とおなじく括弧のない台詞。詩的な会話。淡々と描かれる外形。

頭に入れたものはずっとそこに残るんだ、といった。そのことに気をつけたほうがいい。
忘れてしまうものもあるんでしょ?
ああ。人間は憶えていたいものを忘れて忘れたいものを憶えているものなんだ。『ザ・ロード』(ハヤカワepi文庫) P.17

そのとおり。わずかに反論する。憶えていたとしても歳を重ねて塗り固められる。手をくわえつづけられる終わりのない油絵。やがて「ほんとう」を思い出せなくなる。思い出すのは塗り固めたいまの記憶。浮遊したつかのまの反論はあとかたもなく消えて、反論自体が記憶から消された夕方、そんなことはお前に言われなくもわかっているとたしなめられた。

すべての記憶はもとのものに改竄を加えるものだと彼は思った。例のゲームと同じだ。ある言葉を次々に伝えていくゲーム。だから控えたほうがいい。憶い出すことで加えた変更は事実と合致しようがしまいが現実性を持つからだ。同 P.151

改竄。言い切れない、目をそらしたい内面との対峙。塗り固めるという。ごまかす。最初に嘘をつく相手は自分であっても自分だけにつく嘘なら改竄を使いたくないどろりとした黄身のような何かを飲みこむ。

現実性。辞書をひく。わからない。空想の小説と現実性のちがいは記憶のてごたえか。もし空想が弾力のある記憶をかたちづくったら現実性と区別できなくなってしまうのかな。空想と構想が描いたザ・ロードの世界はたしかな現実性を持っていてグロテスクがそこここに点々とある。「世界には2種類の人がいる 世界を二つに分ける人と そうしない人だ」としたら「食べる人と食べない人」に分けた空想は妄想かたしかな現実性か。

顔を合わせてリアルタイムに二度と会わないだろうと知覚する回数よりもあとからふりかえってあれが最後だったと想起する回数のほうが多ければすこやかだと思う。

そこで問う。今後存在しないものは今まで一度も存在しなかったものとどう違うのか。同 P.39

夜はハンバート ハンバート。iTunes をたちあげて過去から現在へ流そうとしても、ついついお気に入りを珈琲ミルのようにぐるぐる回してしまう。”夜明け”や”おなじ話”とか、”喪に服すとき”や”長いこと待っていたんだ”などなど。これなんだろうなぁっていっつも思う。一種の性癖か。つぎに読むつもりだった『わたしを離さないで 』は手にしてもめくる気になれなかったので『茨木のり子集 言の葉2』(ちくま文庫)を持ったり離したり。かろやかな夜長。


Comments

“終わりのない油絵” への4件のフィードバック

  1. peach0818のアバター
    peach0818

    ハンバート ハンバート、いいですね♪♪
    思わず聞きいってしまいました(^^)

    1. いいですよね♩♫♪
      お気に入りです。
      くすっとしたり、じんわりきたり(^^;)

  2. peach0818のアバター
    peach0818

    またお気に入り、教えて下さいね。(^^♪

    1. はい!(^^)