琵琶湖
diary

一方通行を引き返さなくてよかった

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打ち合わせが夜からなので、大阪城へ立ち寄る。一年に数回、時間が記憶と結びつく気配を感じたら、森ノ宮や上本町あたりをそぞろ歩く。あそこにあったものがなくなっていたり、憶い出せなかったりするけれど、音楽を聴きながら歩く時間と手をつなぐ。

天守閣までは結構な距離。往復はむずかしい。あきらめて噴水のベンチに腰をおろす。外国人観光客が増えた。大阪マラソンが近づいているから? ランナたちが眼前を走り抜ける。夕刻。こんなにも人がいたかなぁ。増えたよね。いろんな人がいらっしゃる。夜の帷を歓迎する人たち以外のひと、ヒト、人。ランナもそんなにいてはらへんかったような。そういうのを眺めているのがおもしろい。

茨木のり子詩集 (岩波文庫) を読む。虫をはらう。日が沈む。すこし肌寒い。何度も目にした詩は場所と時間と記憶をかけあわせて、皮膚にまとう風から身を守るように心音を響かし、想起の温度をあげる。

耳から LOVE LIFE。このタイミングはずるい。自分でセットしておいて、あがる口角。音楽にすくわれてきた。コアなファンではない。音楽史を調べたり、どんどん深く掘っていく。そんなことはしなかったし、これからもない。記憶をたぐりよせるために、ときには記憶を改竄するために音楽が必要だった。

火曜日、京都駅で打ち合わせ。席を立つ間際、私の感覚(や発想)はこの先のネットについていけなくなると申し上げた。クライアントのスタッフの方々がスマートフォンを使う様子を拝見していて、私とは違う何かがある。根本的な何か。その何かはまだわからないけれど、10代、20代の方々の進化に圧倒される。若い方々の使い方には暴走も否めないが、アイデアが次々生み出され、ネットをどんどん変化させる。

LINEはクライアントとの連絡だけ。抵抗むなしく折れた。導入。困った。メールを使わなくなってきた。貧弱な検索。グループ登録にキョトンとして、スタンプが行き交うディスプレイにいまだなれない。

FaceBook ではアートやバンド、デザインの情報をチェックしている。情報収集のツール。ブラウザを立ち上げて開きっぱなし(アプリは使っていない)。たまに確認するだけ。クライアントへ知ってほしい情報だけ発信。月一か二ほど。「いいね」を押さず。みなさんの友達の人数に尻込み、自ら友達申請したことなく先方からの申請はお断りしている。はじめた動機は万が一にもという淡すぎる期待。もう必要ない。メッセージ送受信専用SNSと情報収集ツールに化す。

FaceBookやSNS”も”利用して人脈を広げ、仕事で活躍していらっしゃる方々を目にしてすごいなぁと思う。流れてくるプライベートな出来事にコメントしていらっしゃる様子を、川の流れの水のように一瞬だけ文字が目に入り、通り過ぎていく。

個人事業主なのに人脈を広げないのは論外であり、自分に甘いのは承知している。昨年、サイトを制作したクライアントさんからは、(直截ではないにしろ)甘いニュアンスがオブラートに包まれていた。いずれ立ちゆかなくなったとき、年齢的に手遅れだと助言してくださる方もいらして感謝している。

それでもよい。

これまでもこれからも記憶を美化しないで巡らしつづけることだけに時間を費やしたい。ひとりの時間。ひとりの場所。

過去、一方通行のなかでこれからも進むかもう引き返すか。ひとりで巡っていたら、見当もつかない先に耐えられず(ひとりで耐えるって傲慢な言い方だ)、引き返すべく記憶からはなれそうで、またもどっていた。一方通行のなかでひとり勝手にじたばたしていた。そうして自分を慰めていたと思う。a song dedicated。はじめて耳にしたとき、もうだめだってくずれかけた。望みがあるように受けとめられなかった。

一方通行を引き返さなくてよかった。探してくださってありがとう。”言葉にするとふわり 空気のように どうして伝わりづらくなる”としてもありがとう。

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