木漏れ日
diary

おなじ空のおなじ場所へ吸い込まれていた

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霜始降。いまの場所では目にしない。霜が降りるのは気温3℃以下らしい。もっともっと北へ行けば畑がふえる(霜と野菜が勝手にリンクしている 笑)。早朝に峠の森まで足を運べば目にできるかな。摂理。ネットから流れてくる接写の霜にうっとり。マクロレンズが表す等倍の美しい世界。反面、農家の方々には自然の脅威のひとつ。

公園の坂を上りはじめる。二日に一度ぐらいのペース。たいていはお昼休み時。夕方と違う景色。バスに乗ってやってくる園児たち。近くの小学生たち。先生が声をあげてなにやらよびかける。トイレ行きたいひとー、そっちへは行かない、はい並んでーなどなど。乳幼児をつれたお母さんたちが集まってふけっていたり。知らなかったなぁ。

公園の表情は刻一刻とかわる。朝にはまた誰かが集まっていそうだ。残りすくなくなってきた桜の木の葉。ふうの木の葉に目をこらす。先日とは違う箇所も色づきはじめる。その「間」を見逃していた。グラデーションは気づかれない。世界や感情は階調をもっているはずなのに、見る側、感じる側へまわったら、A面かB面のどちらかに針を落とす。日中の陽射しがつくる影。ぼやけた輪郭。コントラスト比が低い秋の影。

先生方やお母さん方と目があうとできるだけ黙礼する。平日の昼間、お昼休みの時間帯とはいえ京都市内と訳がちがう。おっさんひとりカメラを持って歩く。不審を抱かれてもおかしくない。ひょっとしたら黙礼のほうがあやしいぞ。それもよぎる。気を揉まない。

公園の中にある誰もやってこない場所。めったに人が通らない場所。そこをめざして歩く。最後の階段。息があがる。雑木林が陽射しをさえぎる。日中にもかかわらず京町家の居間のように暗い。雑木林のわずかな隙間から漏れる光。陰翳が途中で足をつかむ。足よりも心をつかまれて止まりそうだ。誘惑。ふりきる。登り切る。

音。風、鳥、葉、そしてエンジン。それだけ。人の気配はなく声は聞こえない。あまたの足に踏まれてくたびれた石段に腰をおろす。呼吸をととのえる。にじむ汗。

記憶。いままではひきだすだけであった記憶。これからは叶えたいことが記憶の襞に付く。記憶と空想がまぐわいあたらしい生を育む。なにもないあてのない空へなげていた思惟が、おなじ空のおなじ場所へ吸い込まれていた。

地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。
センス・オブ・ワンダーP.50

「Lonely じゃなくて Aloneへ」のステップアウト。2年前、ひとりだ でも淋(さび)しくはない ~詩人・加島祥造 90歳~ で教わった。Lonelyはひとりぼっち、Aloneはひとり。ひとりで大丈夫だと先生はおっしゃっていた。

孤独。孤独に負のイメージをまったく持っていない。むしろもっともっと向き合いたい。街中や雑踏、誰かといても孤独であったり、反対に石段に腰をおろして、ひとりでめぐらせていてもひとりぼっちではないとやすらぐ。

空白はある。もっと満ち足りたいと求める。自分の業を認めて向き合う。唯一無二の存在にふれるとはそういうことだ。記憶と空想がまぐわい生まれる現実に何の矛盾もないと信じ、かならず叶えるためにいままであてのない空になげていたことをもっともっと強く深く果てなく素直に描く。

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