琵琶湖
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ライフワーク

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琵琶湖へ足を運ぶ時間が、夕から朝へかわった。4時半から5時までに目が覚めたら足を運ぶ。たまさか陽が昇る前に湖岸へ着けたら、目を見張る景色が待っている日もある。

定点観測。同じ場所を眺める。毎日が新鮮な野菜と果物を食べられるみたいに楽しい(そんな贅沢したことないから絵空事のたとえだな)。朝と夕、まるきりちがう。どちらも、見ているようで見ていない。学びがそこら中に落ちている。拾いきれなくてたいへん。

いまのライフスタイルは時間をやりくりしやすい。もしもこれから会社勤めやお給料をいただくようになったり、あるいは複数の仕事を掛け持ちするようになっても、必ず続ける。また琵琶湖から離れても住み着いた場所で、観測の対象を探してかならず続けよう。毎日できなくても、週3日とかでもよいから続けよう。写真を撮る。一枚でもよいから撮る。

定点観測はこれからのライフワーク。辞書を引くと、「一生をかけてする仕事や事業」とある。じゃぁライフワークとは言わないか。仕事や事業ではない。自分のためでもない。自分のためなら一生かけてしようと思わないし続かない。

週末の5時前、ブラックバスを釣りにきた人々が等間隔で並んでいる。鴨川の川べりに座る恋人たちみたいに。平日も釣り人はいる。釣ったブラックバスかフナ(?)をそのまま放置していくせいか、周囲1mほどは臭う。夏になれば臭いの範囲は少し広がりそう。

一度、頭だけ残った骨を目撃した。うわっと声をあげた。食物連鎖。人でもこんなにきれいに食べないと思えるほど見事な骨だった。漫画にでてくる絵に描いたような骨の魚だった。

毎朝、二人の男性がいらっしゃる。お二人とも60代ぐらいで、自転車に乗ってやってくる。お一方はオリジナルのユニークな体操をしている。運動がフレームインしてくる。朝日の影絵を撮れる。どんな姿勢の瞬間を撮ったのかあとの楽しみでもある。5時ごろからたぶん1時間以上滞在している。週末の動向を伺うに、2時間は運動してそう。健康の塊が運動している感じだ。

もうお一方は首からぶら下げた一眼レフで日の出を撮る。所要時間は5分、10分。お見事。乗って来た方向とは別の方へ去っていく。お二人とも冬場はどうしていらっしゃるのかわからないが、私が行く前からいらしたはずで、おなじことを毎日くりかえしている。

おなじことをくりかえす。日課。電車やマイカー、自転車に乗って通勤、通学もおなじことのくりかえし。ただ、それらとは位相が異なる、強制されない、義務でもない、「おなじこと」を自らの意思ひとつでくりかえす。

10代、20代、30代ではまったく関心を示さなかった価値。ようやく「おなじことをくりかえす」すごみを理解しはじめた。勤め人の方々にも感じる。たとえば高校を卒業して公務員として退職まで勤め上げる方を耳目すると、心から声をかけたくなるし、一つの居場所を勤め上げることはない側から拝見したら偉業に頭を垂れる。ただただうなる。すごい。

毎朝、湖面を見る。表情がちがう。近ごろでは、湖岸へ向かうときの風から湖面を思い浮かべて歩いている。波が立たない静かな湖面と風と空気の相性を想像してみる。とはいえ、かりに想像できたところで、現実の湖面とは、からきしはずれている。やがて想像と現実が、ちょっとずつ合ってくるじゃないかと楽しみにしている。

ライフワーク。仕事や事業ではないけれど、一生をかけてやっていくことは二つ。一つは無二。一つは定点観測。ずっと続けられる喜びを感じられたとき、目にする景色は、昨日まで見ていた同じ景色であっても異なる。まるで色まで塗りかえられたかのよう。

寝坊したり起きられないときはあきらめる。明日があるさとあきらめられる。雨の日はよりよく受けとめる。たまには休もうと。そう思っても雨が二日も続けば寂しくて、ぎくしゃくする心と身体。道具はカメラとMac。これからも、それ以外、なにもいらない。もしもカメラを買えなくなったらスマートフォンでよい。

最高の贈り物を授かった。感謝。なんど言っても言い尽くせない。一生をかけて感謝を表していく。

琵琶湖

*FUJIFILM X-E1 *FUJINON XF35mm f/1.4

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